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TVアニメ「超時空要塞マクロス」の二次創作を公開しています。
§7 虚空の女王
 まだ朝霧の残滓が漂う滑走路に、1個小隊のバルキリーが着陸しようとしていた。
 あたかも白鳥の群が湖水に降り立つかのような、洗練された動きは操縦者の技量の高さを物語っていた。そのまま誘導員に導かれ、滑走路を退出してゆく。
 指揮機のキャノピーが開き、大柄な男が姿を現した。駆け寄る整備員が声をかける。
「おはようございますベリンスキー大尉。今日は当直下番ですよね」
 パイロットはヘルメットを外しながらにこやかに応えた。淡い金髪に優しげな灰色の瞳が、大きな体とかろうじてミスマッチにならないところで妥協している。
「ああ、帰りに厚生課に寄るのを忘れないようにしなきゃ。保育所の手続きをしないと」
「あれぇ?奥さん、仕事をなさるんですか?」
「うん、見習いのバイト扱いだそうだけどね。でも一応マクロス・タイムズ社だ。あれでも学生の頃はいい写真撮ってたんだ」
「へぇー」
 整備員の好意的ではあるものの、微妙なにやにや笑いに気が付いて、彼は照れたような表情になった。
 統合軍東部方面パトロール隊、第204飛行隊。通称クーガー隊隊長、アレクセイ・ベリンスキー大尉。第一次星間大戦を戦い抜いた猛者ではあるものの、穏やかで目立つことを好まない人柄は、パイロットとしては珍しい方かも知れなかった。
「ところで、新任のパイロットが今日来るらしいですよ。それが女の人なんですって」
「ふうん」
「どんな人かなぁ、美人だといいなぁ」
 うれしそうな整備員とは対照的に、アレクセイは興味なさげだった。彼の関心は、朝の空気をかすかに伝って聞こえてくる音の方に向けられていた。
「へえー、今週は懐メロかあ」
「オールデイズって言って下さいよ。今週は70年代だそうです」
 基地内に限らず、この時期、街のいたるところで音楽が流されていた。放送局開設には補助金が出、音楽番組が奨励された。テレビよりも手軽に開設できるラジオ局が多数開設され、リン・ミンメイの歌に限らず、クラシック、ポップスなど古今の名曲が競うように流された。
 これをゼントラーディ人に対するゆるやかな洗脳と揶揄する者もいなくはなかったが、だれもが音楽に飢えていた。かつて地球上で絶え間なく繰り返された戦争の時代にも、歌は戦いに傷付き、疲れた人々の心を癒し続けたのだ。
「俺の青春は90年代なんだがなぁ」
 アレクセイは独り言のようにつぶやきながら、愛機の側を後にした。

 報告を済ませ、朝食をとるために訪れた士官食堂で、アレクセイは同僚に出会った。
「おはよう」
「ああ、おはよう。アラン」
 アラン・ベルナールはちょうど食事を終えようとしていたところで、友人の姿を認めるとなぜか急いでパンの最後の一切れをコーヒーで流し込み、手招きをした。
 アレクセイはトレイを受け取り、友人の向かいに座った。見ると、彼のトレイの上に、寂しそうな顔をした人参が居残っている。
「いい年してニンジン嫌う奴がいるかね?」
 友人の天敵を口の中に放り込み、彼はコーヒーにたっぷりとミルクを混ぜ込んだ。
「プラントものはどうもね。俺は田舎育ちだから、土の匂いがしないとダメなんだ」
 アレクセイにはこの友人の弁は子供じみた言い訳にしか聞こえない。なにしろ、今自分たちが口に入れているものといえば、ほとんどが人工タンパク質の練り物か、プラント出身の野菜ではないか。
「ところで、聞いたか?」
「また出たのか」
「ああ、してやられたらしいな」
 二人の話題は、このところ立て続けに起こった、ゼントラーディ残存兵力による襲撃事件の事に移った。
「なにしろ、戦争"しか"知らない奴らなんだからな。そんな連中に、戦争はもう終わりました。なんて、どうやって説明する?あいつらは全員、グァム島の日本兵さ」
 アランは醒めた口調で言った。スタイリストでスポーツ万能、もちろんパイロットとしてもアレクセイにひけをとらない彼は、当然女子隊員の人気も高い。が、特定の女性とつき合うでもなく、自由時間はいつも本を読んでいる。どこか飄々としていて、哲学者めいた男だった。
「またあるようなら上の方も抜本的な対策に乗り出すな。編成変えもあるかもしれないぞ」
「一体、どのくらいのゼントラーディ人が残っているのかな…」
 アレクセイはため息がちに言った。子供達の時代には地球上から争いごとがなくなってほしい。軍人として、それが甘い考えであることは十分承知していたが、人の親としては、その平凡な願いを持つことを許してほしかった。
「大抵はエサがなくなりゃ、士気が落ちてこちらの言うことに耳を貸すようになるんだが…今回の奴らはなかなか気骨のある連中だよな」
 アランはどこか他人事のように遠くを見て笑い、朝刊を読み始めた。

 午前中の勤務を終えると、アレクセイとアランは連れ立って、愛機の様子を見に格納庫へと自転車を走らせた。その途中、アランがふとペダルを踏む足を止めた。
「あれ見ろよ」
 あごで指したその先の空に、一機のみで舞うバルキリーの姿があった。
 それは訓練用の機体であったが、生徒の操縦にしては見事すぎた。そびえ立つマクロス主砲の間を、ぎりぎりの角度で斜めからすり抜け、また戻ってきて8の字を作る。そして滑走路すれすれまで急降下した後、再び上昇して背面飛行…これを繰り返している。まるでダンスのような華麗な飛行は、生半可な腕で出来る技ではない。
 二人は黙ってうなずき合うと、猛然と愛車を駆った。パイロットの血が騒ぐのだ。よそ見運転のせいで、途中アレクセイは二回側溝にはまった。放り出すように自転車を置き、格納庫へ飛び込むと、案の定、滑走路に面した出入り口には、すでに黒山の人だかりができていた。
「誰なんだい、あれは」
 見物人の波をかきわけ、顔見知りの整備員にアランは尋ねた。整備員は、憧憬の表情を空に向けたまま答えた。
「今度来た女性パイロットだそうですよ。どこの部隊かなぁ」
「いや、俺は教官だって聞いたぞ」
 横合いから別の声が上がった。
 アレクセイは頭の中に何人かの顔写真をピックアップしてみた。男女平等を唱う統合軍とはいえ、まだまだ女性の戦闘機パイロットは少ない。ましてやあれだけの腕をもつ人物となると、あまり心当たりがなかった。
 やがて演技を終え、空の舞い手は地上に降り立った。
 機体が完全に停止するまで、一同の視線はまるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように動いた。
 キャノピーが開き、パイロットが降りてくる。ヘルメットをとると明るい空色の髪が現れた。パイロットは整備員と二言三言ことばを交わしたのち、格納庫に向かって歩きだした。
 観衆の期待はいやがおうにも高まったが、その姿が近づくにつれ、期待の空気は驚愕へと変化を起こした。狼狽のどよめきが次々とさざ波のように立ちのぼる。
「でけえ…」
「あれでも女か…?」
 二人も息を呑んだ。その女性パイロットは、大柄なアレクセイよりもはるかに長身であったのだ。彼女は格納庫の入り口に群れをなして待ち構える好奇の視線にほんの一瞬、戸惑った顔を見せたものの、すぐに表情を消し、全く普通に堂々と見物人の間を抜けて、格納庫の奥へと進んでいく。
 その特徴的な顔立ちを見て、アレクセイは確信した。
「ゼントラーディ人か…」
 ゼントラーディ人はマイクロン化してしまえば、地球人と外見上に一切の違いはない。が、人種的には彫りが深く、鼻骨の高い者が多いようであった。彼女もまさにそのような顔つきをしていて、特に美女という訳ではないが、ぴんと伸びた背筋と堂々とした態度が、ある種の近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。
「すげえ迫力だな…」
「ああ…」
 アランもアレクセイも、彼女が纏っている圧倒的な迫力の正体に気が付いていた。それは、言ってみれば死の匂いであった。二人ともパイロットとして、幾度もの死線をくぐり抜けてきたからこそ感じ取れる、戦場の匂いであった。
 ゼントラーディ女性は、真っ直ぐ前を向いたまま、ギャラリーの方を省みることもなく、格納庫を通り抜けていった。

 その後、アレクセイはごく普通にその日の勤務を終え、朝の宣言どおり厚生課に寄って保育施設への入所手続きを済ませると、業務棟を出た。基地内の移動は自転車を使うが、通勤は歩きである。
 基地はひたすら広く、業務棟から正門までは1キロメートル近くある。その道すがら、アレクセイはずっと自分の後をつけてくる物があるのに気が付いていた。
 彼は最初、それを無視していた。が、それは黙っていつまでもついてくる。アレクセイはついに根負けし、「それ」に向き直ると小銭入れを取り出した。
 絶対、この機械は商業倫理上問題があるな。そう思いつつも、コインを投入するとボタンを押した。
 が、30秒経っても機械は沈黙したままであった。彼はドリンク会社の戦略につい乗せられた自分を悔やんだが、後の祭りであった。仕方なく、サービスセンターに電話をしようとポケットを探っていると、後ろから声をかけられた。
「あのう、順番いいですか」
 少々アクセントのある声に振り返ったアレクセイは、ぎょっとなった。
 深緑色の大きな目が、彼を見下ろしている。
「あっ、さっきの…」
 あのゼントラーディ人女性パイロットであった。今はパイロットスーツでなく、常装を身につけている。大柄だが、女らしい体型のせいか、統合軍制服のタイトスカート姿も不自然ではなかった。
 それに先ほどはよく分からなかったが、この女性は非常に若いようであった。大人びて見えるのは、落ち着いた態度のためであろう。
 思わず飛びのいて場所をゆずってから、アレクセイは彼女も飲み物を買おうとしているのだという事に気がついた。
「あ、あ、これ、故障みたいなんだ」
「故障…動かないんですか」
 低めのよく通る声だった。ほぼ完璧な標準英語であったが、まだ地球の生活にはそれほど慣れていないのだろう。きょとんとした表情になった。
「ちょっと待って。今電話を…あッ」
 アレクセイはあわてた。彼の話を完全には理解できなかったのか、女性が投入口にコインを入れてしまったからだ。
 そして何を思ったのか、いきなり自販機の側面の隙間に手を差し込んだ。
「ちょ、ちょっと…」
「ぐっ」
 次の瞬間、アレクセイは己の目を疑った。
 彼女が軽い気合とともに力を込めると、金属質の異音がはじけ、あわれな機械がその身を振るわせたのだ。
 あり得ない光景がそこにあった。
 ゼントラーディ女性は、まるで冷蔵庫を開けるように、自動販売機の扉を開けてしまった。そして絶句して立ち尽くすアレクセイの目の前で、機械の中にごそごそと手を入れると、コーヒー缶を二本取り出し、一つを彼の手に置いた。
「どうぞ」
 良いことをしたと思っているのか、ゼントラーディ女性はひかえめに微笑むと、身を翻してその場を去った。大きな体に似合わぬ、軽快な動きであった。
「嘘だろ…」
 アレクセイは五分ほどはその場でコーヒー缶を握りしめたまま、呆然と彼女が去って行った方向を眺めていた。

* * *

 アゾニアの軍団は、この星に来て十数番目の野営地に移っていた。このあたりにはほとんど雪はなく、乾いた土と岩とが、彼らが身を隠すのにちょうどよい複雑な地形を作っている。わずかだが、岩にコケや地衣類がこびりついている所もあり、地球人が見たら感涙にむせぶかもしれない。だが、彼らゼントラーディ人にとってはどうでもよい事であった。
 野営地は珍しく賑わっていた。数両の輸送車と護衛の戦闘ポッド隊からなる部隊を、手すきの兵たちが出迎えている。ランの乗艦、アルタミラを捜索するために編成された別働隊が、一旦帰還したのであった。
「フィムナ!」
 天幕をはねあげて勢いよく入ってきたランに、フィムナは洗練された動作で敬礼をした。彼女は道案内として、捜索隊に同行していた。
「見つかった?」
 フィムナはその問いに、わずかに首を振ることで答えた。
「そう…」
「まだ捜索は始まったばかりです。きっと見つけます…それより参謀、私がいない間、大丈夫でしたか?」
「大丈夫だよぉ。アゾニア達もいるし、自分でなんでも出来るって」
 その時、躾の悪い虫が腹の中から声をあげ、飼い主は顔を赤らめ、部下はほころびかける表情を懸命に引き締めた。
「そうだ、お土産ありますよ。いくつか味方の艦を発見したんです。少しですが、糧食が残ってました」
「よかった。アゾニアがとってきた変な粉を食べなきゃいけなくなったら、どうしようと思ってたんだ」
 ランは顔を輝かせた。実際、この時点ではアゾニア軍団はそれほど食料に困っていた訳ではない。しかし、しまり屋のアゾニアがいくら食糧の節約に気を配っても、この星での暮らしが長引けば、いずれは敵の食べ物に頼らなければならなくなるだろう。
 その予行練習とも言える前回の作戦の後、略奪者たちは勇んで戦利品の試食会に臨んだが、袋の中身がただの粉だという事が分かると、なんともいえない雰囲気となった。
 ここでも一番勇敢だったのはアゾニアであった。袋に指をつっこみ、一口なめてしばらく沈黙していたが、マイクロンの食料はこういう物だという風に納得したらしい。ありていに言えばゼントラーディ人はみな味音痴であった。
 ただ、粉をまともに吸い込んで激しく咳き込み、口の周りを真っ白にしたケティオルを見て、一同は多少意気消沈気味であった。以来、その戦利品は保管されたままになっている。
「ねえ、フィムナ…」
 ランはどことなくおずおずと話しかけた。
「アルタミラ、見つかったとして…誰かいるかな…」
「さあ、それは…」
 誰かとは言っても、それが誰をさしているかはフィムナには分かっていた。若い記録参謀がどれだけ上官を敬愛していたか、彼女はいつも身近で見ていた。彼女自身、艦の仲間の安否は何とかして知りたかったが、今回の捜索でも、発見した艦に居残っていたのは、物言わぬ骸ばかりであった。
 それだけに、とても安易な気休めや、期待をもたせるような発言はできない。
 ランは部下の沈黙で期待への回答を察したようで、黙って下を向いた。彼女には何故あの時、自分だけ仲間の元を離れ、彷徨っていたのかが分からない。無念の思いに責め立てられ、ランは涙をこぼした。
 あわてて手の甲で目尻を拭いながら、ふと現在の上官の事を思う。女リーダーは、その感情さえ完全に意識の下にコントロールしているように思えた。そして、ランにはそれがうらやましかった。
「どうしたら…アゾニアみたいに強くなれるのかな…」

* * *

 マクロス・シティの北側を占める統合軍施設に隣接する官舎街に、アレクセイの自宅はある。
「パーパ!」
 ドアを開けると、温かい空気と共に3歳になったばかりの愛娘、アンナが飛び出してきて顔中にキスの雨を降らせてくる。アレクセイにとって至福のひと時だ。
「おかえりなさい」
 出迎えた妻、タチアナを抱きしめながら彼は思う。自分はなんと恵まれているのかと。今、生き残っている地球人の中で、無事に家族がそろっている者はほんのひとにぎりしかいないのだ。
 夕食のテーブルを囲みながら、夫婦はお互いに今日の出来事を話した。その合間合間におしゃま盛りの娘が口を挟む。ベリンスキー家の食卓はいつも賑やかであった。
 話題の中には当然、恐るべき怪力のゼントラーディ人女性の話も含まれていた。アンナはおとぎ話の一種だと思っているらしく、大喜びである。
「で、アリョーシャ、その人とはお友達になったの?」
 アレクセイはスプーンを止め、まばたきをした。妻の質問の意図が分からない。彼女が自分と、他の女性との接触をいちいち気にするようなタイプでないことはよく分かっている。
「…いや、ちらっと話をしただけだし、部隊も違うから…」
「あら駄目よ。友達にならなきゃ。一度家に連れて来るといいわ」
「なんで…」
「だって、ゼントラーディの人って、生まれた時から戦争しかしてなくて、おいしい物食べたこともなければ、きれいな服着たこともないんでしょう?女の子なのに、可哀想だわ。せっかく知り合えたんだから、いろいろ地球のことを教えてあげるべきだわよ」
「……」
 タチアナとは学生時代からのつき合いであった。ジャーナリスト志望だった彼女は正義感が強く、社会問題などについて熱心に語った。その純粋さが何より魅力だったのだが、ときにはそれがおせっかいとなって行動に出ることもあった。この時も、夫の話を聞いて彼女流の正義感に妙なベクトルが付加されたようである。
 アレクセイは黙ってシチューをすすった。普通の人間ならともかく、相手はゼントラーディ人である。彼としては、できればそういう面倒事からは距離を置きたかった。

 翌朝、出勤したアレクセイは、警衛所を過ぎたところで、前方に待つ長身の人影をみとめた。
 どこか超然としたその姿は、崖の上に佇む猛禽を連想させた。
「昨日はゴメンナサイ…お金を入れたら開けてもいいと思ったのです」
「あ…え、いやあ…」
 昨日あの後、彼は自販機の業者からたっぷり嫌みを言われるというとばっちりを受けていた。彼女はおそらく自分の所業の顛末を聞き、わざわざ詫びを入れるためにアレクセイを待っていたのだろう。ゼントラーディ人のことはよく知らなかったが、律儀な態度には好感が持てた。
「ドール・マロークス中佐です。今日付けで教導隊に配置になります。よろしく」
「あ…こちらこそよろしく。アレクセイ・ベリンスキー大尉です」
 答礼しながら、アレクセイはあの一種恐怖にも似た、得体の知れない威圧感を再び味わっていた。
 識別帽にデザインされたゼントラーディのエンブレムが、朝日を浴びて鈍く光り、アレクセイを睥睨した。この若さで中佐、しかも教導隊のパイロットという事実が、昨日のあの素晴らしい飛行を裏付けていた。
 そしてそれは、彼女がこの星に来るまでに流してきた血の量をも物語っていたのだ。
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