TVアニメ「超時空要塞マクロス」の二次創作を公開しています。
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§12 沈黙の巨艦(前編)
 その艦の名は、アルタミラ11といった。ノプティ・バガニス型の新造艦で、ボドル基幹艦隊第109分岐艦隊の旗艦として、五千隻の艦艇を従えていた。
 五千隻というのはあくまで直轄の艦隊であって、ゼントラーディ軍の分岐艦隊とは、それぞれが独立もしていながら、上位のものが麾下に下位のものを配する独特の枝状の組織を構成しており、指揮系統に属する全艦隊を含めれば、その総数は数万にのぼる。
 ゼントラーディ軍の戦艦が、固有の名前を有していることは珍しく、何艦隊の何番艦と呼ばれることがほとんどであった。独自の艦名は、おそらくは古い時代からの名残で、その艦や艦隊にとっての栄誉の象徴でもあった。

 その第109分岐艦隊の司令の名をドール・マロークスといった。まだ年若き指揮官で、彼女の就任にはむしろ異論の声の方が多かったと伝えられている。が、第109分岐艦隊の上位機関であるボドル基幹艦隊第四戦域軍の司令官、アデット・ジオール大将の一声でその人事は強行された。
 麾下の将軍たちの絶対的な忠誠と畏怖を集め、基幹艦隊の中でも強い発言力を持つジオール大将の声がかりとあっては、歴戦の宿将たちも受け入れざるをえなかった。
 以後、ドールとその記録参謀であるランは、周囲の厳しい視線の中を必死に支えあい、戦い抜いてきた。
 ランは何度か、ジオールと直接会ったことがある。長い銀髪が縁取るその顔は非常に厳しく、冷たく、美しかった。
 容貌の美醜は彼らゼントラーディ人にとって、それほど意味のあることではない。が、ジオールの全く隙のない、完璧な造形は、強烈な印象となって見る者に言いようのない畏怖を植えつけた。ランも初めてその前に出た時、金色の瞳から放たれる冷たい光に、まるで心臓まで見透かされているかのような戦慄をおぼえたものだ。
 が、一方で、その顔色の悪さが気になった。
 あまりお具合がよろしくないのだ。と、ドールは曖昧に説明していたが、それは、もうジオールの寿命が残り少ない、という事であった。彼女の苛烈な眼光は、そのわずかに残った生命をすべて吸い上げ、燃やし尽くそうとしている光なのではないか。ランにはそう感じられた。
 そんなジオールは、周囲に人がいない時は意外な気さくさを見せた。恐ろしさの中に垣間見せるかすかな微笑みは、一度言葉を交わした者をとらえて放さない、魔力にも似た力があった。
 ランもその魔力に捕われた一人だった。できるものなら、もう一度あの人の姿を見たい。が、敬愛する上官同様、それはかなわぬ願いなのだ。すべては基幹艦隊の消滅と共に、無に帰してしまった…

* * *

 艦はその巨大な姿を冷たい朝もやの中に浮かび上がらせ、ただひたすら沈黙を守っていた。
 その圧倒的な威容に一同はしばし言葉もなく、畏敬の念をもってたたずむのみであった。アゾニアでさえ、初めて間近に目にする大型戦艦の姿に息を飲み、立ち尽くした。

 アルタミラ発見の報を受けたアゾニアは、ただちに全軍団を移動させた。北へと向かう十日ほどの行程の間、ランはほとんど口もきかず、時おり、指揮車の小さなのぞき窓から外の景色を見つめるだけであった。
 すでに捜索隊のヴェルティンカからは、艦内及び周辺に生存者はなし、との報告を受けている。当然、予想されていた事であるし、ランにもそれは分かっていたはずであった。
 ゼントラーディ人にとって、死とはあまりに日常にあふれすぎていて、それだけに軽いものであった。が、そんな中にも時に"特別な死"というものは存在する。めっきり口数の少なくなってしまったランを見て、ぼんやりとそのことを思い出したアゾニアであった。
 荒野をひたすらに進み、ついに軍団は黒く凍った大地に走る、長くて深い谷にたどりついた。これは自然にできたものではなく、この谷の終点に横たわる、巨大な人工物が刻んだ溝である。
 谷底を走る彼らの前方にうっすらと、櫛の歯のように並ぶ艦尾のエンジンノズルが見えてくると、ランは高まる気持ちを抑えきれなくなったのか、指揮車のハッチを開けて身を乗り出した。
 全長4000メートルの艦体は、隘路にはまり込んで動けなくなった生物のように、谷にすっぽりと身を隠し、地表からその姿はほとんど確認できない。5度ほど右に傾斜してはいたが、他の多くのゼントラーディ軍の艦艇が、艦首から地面につきささったような姿で倒立してしまっているのに対し、ほぼ真っ直ぐな姿勢を保っているというのは、この艦の操舵手たちがいかに優秀であったかを物語っていた。
 それでさえ、墜落の衝撃で多くの者が命を落とした。と、フィムナは説明した。
 千人に満たない生き残りは、十日ほどをこの艦の中で絶望と共に過ごした。
 そして、あの黒い豪雨が少し弱まったところで、生き延びるわずかな可能性を賭け、艦外へと出ることを決意したのだ。
 が、フィムナも、もちろんランも、そこから先この艦の周りで何が起こったのか、生き残った者たちがどういう運命を辿ったのかは知るよしもない。
 巨艦の足元には、本隊の到着を待ちわびていたヴェルティンカの別働隊の姿があった。

 一通りの形式的な報告が行われ、アゾニアはその場で軍団に対し、この艦を以って宇宙の戦場に帰る、と宣言した。
 巨大戦艦の圧倒的な姿は、兵士たちに希望と目標を与え、大いに勇気付けるものであった。
 軍団はすみやかに行動を開始した。あらかじめ決められたグループに分かれ、艦内の調査や機材の準備、警戒陣地の構築にとりかかる。
 どのみち、アゾニアはここに長居する気はなく、最低限の準備に立ち会った後は、なるべくここから遠ざかった地で、自らが敵の目からこの艦をそらす囮になるつもりでいた。
 格納庫の出入り口を覆っていた土砂が取り除かれ、ハッチが切断された。大型の機材が次々と運び込まれていくのを見守るアゾニア。そこへ、ヴェルティンカが見てほしいものがある、と、ある場所へと案内した。
 あの豪雨の仕業か、本来暗青色の艦体下部は黒く汚れ、土と小さな石は洗い流されて、ガラス化した岩石がむきだしになっている。
 そのガレ場を軽快に踏み越え、外部ハッチの一つが地面近くに位置している場所にたどり着くと、ヴェルティンカはハッチの手動ハンドル付近を指差した。そこには白いテープのようなものが貼ってあった。
「これは…」
 テープに描かれた敵の文字とマークを見て、アゾニアの眉がぴくりと動いた。
「封印か…」
「すでに調べられてるみたいだね」
 ある程度予測していたことだった。これまでにも何度か見かけた味方の艦艇の多くは、やはり敵の手によって目ぼしい物資は運びだされていた。
 おそらく自分たちのような生き残りに武器を使わせないようにするためであろうが、その回収した物資を、マイクロン達はわかりやすくまとめて保管しておいてくれるのだから、かえって手間が省けるというものなのだが…
 アゾニアは黙ってその封印を引きちぎった。
 その時、アゾニアは側にいたはずの記録参謀の姿がないことに気がついた。
「あいつ…」
 うろたえたフィムナが探しに行こうとするのを止め、アゾニアはブリッジまで案内するように言うと、それ以上敵の痕跡には目もくれず、その場を後にした。

 一切の動力が停止した艦内には明かりはない。小さなハンドライト一つに照らされた通路、またどこかかび臭い匂いと湿気が、ランの記憶しているものとは微妙に異なる風景を作り出し、その勘を狂わせた。
 傾いた床に何度か足を滑らせながら、それでも彼女は真っ直ぐにある場所へと向かっていた。
 心持ちふるえる手でドアの操作盤を何度か押し、電源が切れていることに思いいたすと、ランは両扉の隙間に指を入れ、渾身の力をこめた。
 わずかに開いたところにさらに腕を入れ、肩を入れ、最後は体全体を使ってドアをこじ開ける。
 ふう、と一瞬、懐かしい空気がランの周りを取り囲んだような気がした。
 封印されていた空気はほんのわずかな間、時間を遡り、いつもそこにあったはずの光景を垣間見せる。しかしすぐに時は現実の世界へ戻った。暗闇につつまれ、ライトの光にわずかに浮かび上がった部屋は、空しく主の帰りを待ち続けていた。
「ドール司令…」
 さほど広くはない部屋。椅子と、それを取り囲むように並んだ端末類。この艦と、この艦が率いる五千の艦隊の真の中枢部であった。
 懐かしむように、ランは端末のキーボードをそっとなでた。
 彼女自身も、ブリッジにいる時以外はここで多くの時を過ごした。幾晩も寝ないで作戦を練ることもしばしであった。戦闘になればさらに一睡もできない日々が続くこともざらであったが、まったく苦ではなかった。それしか彼女にとっての「世界」はなかったからである。
 今はだれも座っていない椅子に、ランはぼんやりと、主の姿を当てはめてみた。
 空色の髪は颯爽とし、翡翠色の瞳はいつも遠くを見ていた。ブリッジではあまり感情を表に出さなかったが、この部屋にいる時はよく微笑みをかけてくれた。ランはその微笑みが何より好きであった。この巨大な艦の中で、自分だけがそれを独占できるのだ。
 確かあの日も、その微笑みに少々皮肉の混じった表情で、尊敬するその人は言っていた。
「今度の作戦はつまらないぞ。基幹艦隊から下達される命令どおりにやればいいんだから…」
 が、彼女の記憶はそのあたりからあやふやになる。質の悪い映像フィルムのように、そこから先はノイズばかりであった。次に画面が鮮明になるのは、アゾニアの天幕の中である。
 次にランは隣接する司令官の私室へと入った。そこにもただ静まりかえった、冷たい空気が満たされているだけであった。
 誰もいない。確かに自分は今、懐かしい艦にいる。艦は何も変わらない。ここを出てブリッジに行けば、いつもの見慣れた光景が出迎えてくれる気がしてならない。が、今ここには誰もいない。敬愛する指揮官も、クルーたちも、この宇宙のどこにもいないのだ。なのに自分だけは存在している…。
 今まで感じたことのない不可解な恐怖がわき出し、ランは救いを求めるように、ベッド脇のロッカーに飛びついた。
 扉を開けると、司令官の軍服が並んでいる。部屋の主は確かに存在していたのだ。
 その中から一着を取り出してみた。駱駝色の長い上着の胸には、いくつもの略授章が並んでいる。二人で勝ち取ってきた、栄光の印だ。
 長い時間、ランはそれらを眺めた後、その列の一番上に輝く、金色の艦隊指揮官章をていねいに取り外すと、大事にポケットにしまい込んだ。その間中、大粒の涙が勝手に目から溢れ出し、服地の上に落ちては濃い色の点となった。
 涙は連鎖反応のように、次から次へ流れ出し、はじめのうちは嗚咽をこらえていたものの、ついに何かがふっきれたのか、ランは堰を切ったように大声をあげて泣きだした。一年余の間にためた、すべての感情を吐き出してしまおうとするかのように…。

 気が済むまで泣きつくした後、ランはきっちりと涙をぬぐい、次の目的地へと移った。そこが記録参謀の部屋であった。
 そこで黙々と作業にとりかかる。ロッカーを開け、一番欲しかったものを取り出した。下着類と換えの靴である。衣類は借り物であるが、靴だけは彼女のサイズに合う物などアゾニア軍団には存在せず、自前のものを履き続けていた。その結果、艦内用の靴は酷使に耐えきれず、限界に近づいていた。
 そこには換えの軍服も並んでいたが、少し考え、やはりあきらめた。どうせまたあの荒野の生活で、すぐボロボロになってしまうのが目に見えていたからだ。
「宇宙に帰るとき、着る服がなきゃ恥ずかしいものね」
 そう自分を納得させ、衣類を雑嚢につめると、ランは自室を後にした。部屋の隅にあるシャワー室のドアが、未練がましく主の気を引いていた。

 再びハンドライトの明かりを頼りに、ランはブリッジへとたどりついた。
 暗く広い空間の中には、いくつかの小さな明かりが点在していて、作業をする兵士たちの手元を頼りないながら照らしている。電源車のエネルギーを引き込んで、機械類の点検を行うために必要な、最小限のシステムを動かす作業である。
 それらを見守っていたアゾニアは、ランの姿に気が付くとにこにこと笑って手招きをした。
 一瞬、気まずさが頭をよぎったが、その手と笑顔に招かれるままにそばに行くと、女戦士はおもむろに手を伸ばし、記録参謀の頬をつまんで思い切り引っ張り上げた。
 奇妙な悲鳴が上がり、作業中の兵が何人かちらりと視線を向けた。容赦なく手に力を込めながら、アゾニアは低い声で唸った。
「勝手な行動をと・る・な」
 赤く腫れあがった頬を解放すると、次にアゾニアは目尻に涙を浮かべるランの頭を後ろからかき寄せ、正面を向いたまま、やっと聞き取れるほどの小さな声でたずねた。
「少しは気が済んだか?」
「……」
 ランが小さくうなずく間もなく、頭をつかんでいた手はそのまま、赤い髪をくしゃくしゃとかきまわした。
「準備ヨシです!隊長」
 作業していた兵士が顔をあげ、ライトをこちら側に向けて振った。
「作動させろ」
 その声に一呼吸おいて、弱々しいオレンジ色の明かりが、ブリッジを薄暗く照らした。一年余ぶりの光であった。
 これから始まるであろう膨大な作業のほんの第一歩であったが、アゾニアは満足の笑顔を浮かべた。
 ランはぼんやりと考えていた。この光景、頼りない非常灯の明かりに照らされたブリッジの眺めは、以前にも見たことがある。が、一体あれはいつのことだったのか…。
 突如、目の前が暗くなった。明かりが切れたのか。いや、そうではない。足の力が抜け、硬い床が膝に当たった時点で、彼女の意識は暗闇に消えた。

 ただひたすら暗い空間。ランはそこにいた。いくら目をこらしても何も見えない。いや、自分が目を開いているのかどうかさえ、そればかりか、今自分が立っているか、横たわっているのかさえよく分からない、全くの闇の中である。
 そんな中で、聴覚だけが妙に研ぎ澄まされていた。周囲の音がはっきりと耳に入ってくる。
 バタバタと騒がしい。大勢の人間があわただしく動いているようだ。その中にあって、一人の声がはっきりと自分の名を呼んでいた。忘れもしない、懐かしい声。
 ラン――ラン――!
 いつも冷静で、覇気に満ちていた上官の声がひどく取り乱し、今にも泣き出さんばかりに自分を呼ぶのを聞き、ランの胸は締め上げられた。
 司令、私はここです――!
 返事をしようとして、愕然とした。声が出ない。口を動かそうにも、息を吸い込もうとしても、手も足も、何一つ動かない。まるで自分の体がそこにないかのような感覚に、ランは恐怖におちいった。
 周りからは様々な声が聞こえてくる。みんなよく知った声だ。
「閣下、お気をしっかり――」
「反応エンジンには問題ありませんが、動力系との接続が――」
「水循環装置が止まりました。このままでは――」
「敵が来るかも知れません。斥候隊の特別編成を――」
「死傷者の数は――」
 何があったのだろうか。異常な事態であることは容易に推察できた。上官の手助けをしなければ。私の役目をはたさなければ――
 焦りと苛立ちに、ランはもがいた。が、のたうちまわるのは心ばかりである。
「ラン、目を覚ましてくれ。私に知恵を貸してくれ――」
 敬愛する指揮官の悲痛な声が響いてくる。こんな時に、自分は何一つできない。たった一言の返事すらできない。
 一体これは何の景色だ!?もしかして、自分は夢を見ているのか――?
 脊髄を今までにない恐怖が駆けのぼった。
 目を覚ましたい。目を覚まして、一刻も早くこの恐ろしい空間から逃れたい。必死にもがくうち、彼女の精神は底なし沼に入り込んだように、さらに暗い深淵へと落ち込んでいったのであった。
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