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TVアニメ「超時空要塞マクロス」の二次創作を公開しています。
§14 誇りと絆
 マクロス・シティの上空に一機のゼントラーディの小型人員輸送ポッドが現れた。小型とはいえ、ゼントラーディ人の乗る物であるから、地球の大型輸送機並の大きさはある。
 ポッドは静かに降り立ち、中から二人の巨人の男が姿を見せた。
 一人は他のゼントラーディ人と比べても二回りは大きい。力と威厳に満ちた体躯、右側半分を鉄の仮面で覆われた顔は、そのままにこの男の人生の歴史を物語っていた。
「ブリタイ閣下、あれを…」
 付き従う副官が空を指した。はるか前方、深緑に塗装されたバルキリーの一群が、こちらへ向かって飛行している。訓練からの帰りだろう。
 6機の群はブリタイの姿に気付いたのか、各々翼を振り、滑走路の上空で大きく旋回して歓迎の意を表した。
「ほう…」
 感心するブリタイの視界の中で、6機は次々と着陸を果たした。その中、ただ一機の単座機から降り立った、大柄な女性パイロットには見覚えがある。彼にとっては因縁浅からぬ人物であった。
「ブリタイ閣下、閣下」
 足元から耳慣れた声がした。彼の最も信頼する男が、痩せた顔に満面の笑みを浮かべながら、大きく両手を振っている。
 どうも彼の知っているこの男とはギャップのある行為だが、巨人と話す時は自然とオーバーアクションになるのだと、地球人から聞いたことを思い出し、ブリタイの顔からも笑みがこぼれた。
「おお、エキセドル」
「お迎えに上がりました。間もなく会議が始まりますので、こちらへ」
「うむ…」
 元部下にいざなわれ、ブリタイは巨人用の通路へと歩んでいった。

 一方、滑走路の別の一角では、先の女性パイロットが、上官より意外な宣告を受けていた。
「ドール中佐、明日から、しばらく実機での訓練に出る必要はない」
「何故です」
 気色ばんだドールに対し、マクレーンはあくまで静かに、はっきりと言った。
「君の今の精神状態では、大事故を起こしかねん」
 ずはり指摘されて、ドールは彼女らしくもなくうろたえた。
 無理しているつもりなどなかった。が、マクレーンは彼女の心の微細な乱れを見抜いていたのだ。
「悩み事があるならいくらでも相談してほしいんだが…」
 それはマクレーンの本心からの言葉であったが、同時に彼は、自分の気持ちを語る、ということをドールが基本的にできないことも知っていた。
「とにかく、もうすぐ大事な式典もあることだしね…何か気分転換をしなさい。休暇をとるのもいい」
「…はい…」
 力無く返事をするドールを気にしながらも、教導隊の隊員達はそれぞれにエプロンを後にしていく。
 さりげなくマクレーンに近づいた、部下の一人が小声で尋ねた。
「ドールちゃん、どうしちゃったんですか?」
「いや…少々疲れているのかも知れん」
「あの娘、ストレス発散下手そうだからなぁ。失恋とかじゃないといいんですけどね」
「あれでも若い女の子だからなぁ」
「男なら無理矢理呑みにでも連れ出せばいいんだけどね。俺がそれやったんじゃセクハラになっちゃうよ」
 いつの間にか集まっていた教導隊の面々は、それぞれの表現で、僚友に対する気遣いを言葉にした。
 ドールの放つ威圧感に戸惑いながらも、彼らはみな彼女を仲間と認め、その身を案じていたのだった。

 ドールは半ば途方に暮れていた。気分転換などと言われても、何をどうしていいかも分からない。
 彼女にとって、精神のありようをコントロールするなど、手足を動かすのと同じことのはずであった。指揮官として、常に平常心を保つということは、ごく自然に行ってきたことだったのだ。
 沈んだ足取りで格納庫に入ったドールは、整備を受ける愛機の姿を見上げた。
「私は、どうすればよいのだ…」
 彼女は、あのブリタイ艦隊の亡命者たちとは違い、地球の生活にあこがれをもってここに来たのではない。
 あの日、彼女もまた、生きる目的を失ったゼントラーディ人の一人にすぎなかった。
 地球人たちはそんな彼女らに様々なものを見せたが、その中で唯一、ドールの心を引きつけたのはこの航空機であった。
 彼女は"飛ぶ"ことが好きであった。激しいGも、彼女にとってはさほど苦痛ではない。むしろ、重力から開放され、上も下もない空間に飛び出す瞬間は、彼女自身が普段は意識していない、すべての束縛から解放される至高の時であった。
 しかしかつてはその立場上、そうそう自らが出撃するわけにもいかなかった。
 それに比して、今のパイロットとしての仕事は満足していると言える。まだ戸惑うことも多いが、生活にも慣れてきた。それでも常に心の隅に在り続けた過去の心残りが、彼女の心を揺さぶっている。
 ぼんやりとした耳に、整備員たちの雑談が入ってきた。
「おい、見たか。さっきブリタイ司令が来てたよな」
「ああ、でっかいなぁ。他のゼントラーディ人とは規格が違うよな」
「きっとあの件だな。ほら、例の残存勢力の…」
「大規模な掃討が行われるかも、って話だろ」
「ゼントラーディ人にはゼントラーディ人、てことじゃないか。ま、俺達としてはその方がいいよな。ゼントラーディ人同志でカタをつけてくれた方が…」
 顔面から血が引く音を、ドールははっきりと感じとった。
「その話は本当か」
 日頃何かと噂の種にしているドールが、目を剥いて迫り来た姿に、整備員たちは思わず後ずさりをした。
「あ、ああ…っと、すいません。噂です。そういう…」
 冷や汗を流しながら答える整備員の顔を、ドールはもう見ていない。きびすを返すと、一目散に格納庫を飛び出していった。

 翌日、休暇をとったドールはマクロス・シティの南東約2000kmにある、ニューシアトル・シティに降り立った。
 この街はマクロス・シティに比べて温暖ですごしやすい気候に恵まれ、人口も二番目に多い。その中央に、まるで小山のようにそびえ立つ巨大な戦艦がブリタイ艦である。
 この艦もまた星間大戦で深く傷つき、大規模な修復作業を受けていた。完了の暁には、地球防衛の要として、宇宙から外敵の監視にあたる予定だ。
 修復にあたっては、ゼントラーディ人と地球人とが共用できるよう、新たな施設も多々付け加えられるという。
 ドールはあの日、ブリタイを捜して基地中を走り回ったが、結局入れ違いばかりで目的はかなわず、はるばるこの街まで足を運んだのだった。一旦、決意すれば行動は早い。マクレーンは、急な休暇申請に面食らったものの、理由については何も訊かなかった。
 来客の知らせを受けたブリタイは、その名を聞いて軽い驚きと共に、大いに喜び、自ら客人を出迎えた。
 が、客の様子は主とは多少の温度差があった。礼儀だけは完璧に、突然の来訪を謝すると、ドールはあの感情を交えない表情でまず用件を述べた。
「閣下、本日はお訊ねしたいことがあって来ました」
「ん…?」
 隻眼が微妙に細められた。
「…まあ、ここで立ち話もなんだ。ともかくブリッジへ行こう。コーヒーぐらいはご馳走するぞ」
 ドールは艦内用ジープで案内された。通路には巨人の肩ほどの高さに、地球人用の自動走路が建設中である。アルタミラと同型のこの艦は、どこか懐かしい匂いに満ちていて、彼女にとって心落ち着く空間であった。
 司令室を覆う半球のガラスはすべて取り払われ、代わって手すりを兼ねたマイクロン用のオペレーション・コーナーが設置されている。
 ブリタイはその上にドールを手に乗せてそっと置くと、指揮官シートに腰掛けた。
 ドールは先ほどとは微妙に様子を変え、しばし逡巡しているように見えたが、すぐに顔を上げてブリタイを真っ直ぐに見上げ、口を開いた。
「あの狼旅団という…残存勢力に対する掃討作戦の話は本当でしょうか。どのような状況であれ、彼らは同胞。そのようなことはやめていただきたいのです」
 短い沈黙が訪れた。
「…貴官の…参謀の件かな」
「今の私に、このようなことを言う権利がないのは分かっています…ですが…心配なのです。私の最も大事な部下なのです。我々がそうだったように、彼らもまだ停戦や和平といったことを知らないだけです。何も分からぬまま、むざむざと殺されるのを黙って見てはいられません」
 翡翠色の瞳が静かに燃えていた。怒りで満ちてはいたが、感情的ではない、真摯な光である。
 厳しい表情のまま、ブリタイは口元だけをわずかに緩めた。
「…まあ、貴官が来たと聞いて、大体の察しはついたがな…エキセドルめ、中途半端に余計なことを言いおって…」
 彼はドールの孤独を真に理解できる、数少ない人間である。それだけに、彼女のこの必死の思いを無下にすることはどうしてもできなかった。
 ブリタイは膝の上で指を組むと、心持ち前かがみになってドールに向かい、ゆっくりと語りかけるように話しだした。
「…実のところ、司令部内でも意見は割れておるのだ。確かに大規模掃討の案もあるが、私は反対だ。が、攻撃にしろ、交渉にしろ、相手の本拠も正確に分からん状況では意味がない」
「はい…」
「そこにエキセドルが提唱した案があるのだが…」
 ブリタイはちらりと一瞬、視線をそらした。
「彼らの中にいると思われる、記録参謀の捕獲だ」
「え…」
 ドールの精神の淵に、さざ波がおこった。
「つまり、連中の頭と手足を切り離して力を削ぐという事だな。それこそ雲をつかむような話だと反対が出たが…が、奴のことだ。何の勝算もなくそんな事は言い出すまい」
 全身の血液が頭に向かい、頬が熱く火照るのをドールは感じた。理性というものを、この時の彼女は珍しく忘れ、ほぼ反射的に口と体が動いた。
「お願いです。私にその作戦を…エキセドル参謀の作戦をやらせてください!」
「……貴官が指揮をとるというのかね」
「助け出したいのです…ランを…この自分の手で」
 ドールは必死に身を乗り出した。
「このままどんなに彼らがねばったとしても、いずれは弾薬が尽き、食糧が尽き、みじめな最期を迎えるだけでしょう。そんな事は…彼女の…ランの苦しみを引き延ばすだけです。その前に何とかして…」
 ブリタイはじっくりとうなずいた。
「貴官の気持ちは分かる…しかし、このことは念頭に置いておいてほしい。もし、無事に保護できたとしても、彼女は二度と貴官の部下とはなりえんのだよ。もうここはゼントラーディの艦隊ではないのだ」
 この言葉に対し、ドールは傲然と顔を上げた。
「部下ではありません…ランは…この世でたった一人の、私の友なのです!」
「……」
 しばらくの間、巨人は目を細めたまま、ドールの姿を見つめていた。
 この若き指揮官には、以前一度会ったのみである。その時も彼女はこの一途な目をしていた。黒い雨に汚れ、体は傷つき、心は絶望に打ちひしがれた惨めな姿であっても、目だけは炯炯とした光を放っていて、ブリタイの印象に強く残った。憎しみに満ちていながら、あれだけ澄んだ瞳を彼は見たことがない。
 深いため息がドールの頭上を覆った。
「…貴官には負ける…」
 この女性士官がそう言い出すであろう事は、ブリタイには分かっていた。彼としては、ドールに同胞を撃たせるような事はさせたくないのだが、今考えてみれば、どうも最初からこれがエキセドルの思惑だったような気がする。
「…エキセドルの奴め…あ、ま、悪いようにはせん。私の力で何とかできるところはしよう…」
 初めて、ドールの顔から緊張が解けた。
「感謝いたします。閣下」

「ちょっと待てよ!!」
 にわかに乱暴な足音がブリッジの雰囲気を乱した。侵入者は巨人の若い男で、薄青の髪と、珍しい薄紫色の肌をしていた。
「あいつらは、俺にやらせてくれるって話じゃなかったのか?」
「誰もそんな話はしておらん」
 ブリタイが突き放すと、男は露骨にむっとした表情を浮かべ、続いて今初めて気付いたかのように、ドールに向かい、大仰な態度で挨拶をした。
「いよう、姉さん」
 鋭い目から放たれる視線が、無遠慮に見下ろしてくる。
「ずいぶんとまあ、ちびったくなったもんだな」
 からかうような男の言葉を、ドールは無視した。
「あんたのおかげで、ずっと冷や飯食わされて、いつかブッ殺してやると思ってたけどよ…ま、今は感謝してるぜ。そこそこ面白い思いもできたしな」
「結構なことだ。カムジン」
 いつも丁寧な物言いのドールが、別人のように冷ややかであった。
 彼女はこの男が嫌いであった。麾下の数多くの艦隊の中でも、最も厄介者。生真面目な彼女は、命令違反常習者のこの男を許すことができず、就任してからというもの、一度も作戦には参加させず、辺境の星域へと押し込めたままにしておいたのだ。
「私はただ命令どおりに、お前を送っただけだ」
 そっぽを向きつつ、ドールは意地の悪い横目を向けた。
「…私は前任のジルトール閣下と違って、馬鹿者を上手く使う術を心得てないのでな」
「なんだとォ!!」
 唾の雨がドールの頭上に降り注いだ。
「きゃ…」
 悲鳴をあげたのは、折悪しくドールのためにコーヒーを運んできた当直の地球人女性下士官である。
 一方のドールは全く動じることなく、平然としていた。
 その様子が、この男の癇に障ったらしい。
「ち、中佐!」
 カムジンの腕が大きく振り下ろされ、下士官は思わず叫んだ。
 ドールは微動だにせず、目の前の男を睨みつけていた。手はまさに彼女の体を鷲掴みにする形で、寸前で止まったが、下士官にはその緑の眼光が、巨大な手をはじいたかのように見えた。
 舌打ちの音と共に、カムジンはゆっくりと手を引っ込めた。さすがに、マイクロンとなった者に手を出すのは馬鹿馬鹿しいと思ったのだろう。行き先のなくなった手をいいかげんに振りながら、ふてぶてしい態度でうそぶいた。
「とにかく、獲物を譲る気はないぜ。久々に遠慮なく暴れるチャンスなんだからよ」
 ドールの頬の筋肉がぴくりと動いた。
「…貴様、仮にも同胞だぞ。獲物とはなんだ」
 見えない低気圧の中心がドールのいる位置に発生し、周りの空気を集めだした。
 やっと相手が怒りを発したと知って、カムジンは満足そうな笑顔を浮かべた。
「俺に倒される奴はみんな獲物だぜ。大体よ、姉さん、そんなきれい事ばっかり言ってて、作戦の指揮なんかとれるのか?あのつまんねー事故で死んだバァさんは、口はキレイだったがやる事は相当えげつなかったぜ。それに比べてあんたはどうだよ。ただ運だけで、第109分岐艦隊の後釜とったあんたはよ」
 女性下士官はぎょっとなった。
 ドールの周りに、得体の知れない波動を見た気がしたのだ。すべての生物が生まれながらにもつ、根源的な恐怖をこの時彼女は味わった。ドールはあくまで静かに立っていたが、その緑の目は、まるで獰猛な獣そのものだった。
「私のことは何と言われようと構わない…が、ジルトール閣下を侮辱するような真似だけは…絶対に許さん!!」
 地の底から響くような声が湧き上がり、あろうことか、この乱暴者が気圧されたように見えた。
「な…なんだよ。やるってぇのか?…あがっ」
 突然、妙な叫びが彼自身の声を遮った。太く骨ばった指が、カムジンの耳を思い切りひねり上げていた。
「いいかげんに失せろ。ただでさえ狭いのだ。お前がいると暑苦しくてかなわん」
「いてててて…何すんだクソ親父」
「馬鹿者が。お前とは格の違う相手だ。意気がりおって」
 そのまま野良猫をつまみ出すように、カムジンを部屋の外へ追い出すと、ブリタイは苦い表情でドールに向き直った。
「すまなかったな…監督不行届きで…」
「閣下、あの男には無理です」
「分かっておるさ…さて、どうするね、ドール元司令。侮辱には相応の報復をする権利がある。ボドル基幹艦隊はなくなっても、ゼントラーディ人の誇りまで忘れることはない……マイクロン装置なら、この艦にもあるが」
 かろうじて怒りの残滓を押さえ込むと、ドールは慇懃に礼をした。
「では、お言葉に甘えて、マイクロン装置と…ついでにシャワーを貸していただけますか」

 週があけ、早朝のパトロール任務から戻ったアレクセイは、信じられない光景に腰を抜かすほど驚いた。
 たまたますれ違ったドールの左目の周りに、黒々とした痣がついていたのだ。休暇と聞いていたが、まさか事故にでも遭ったのか。
「どうしちゃったんだあれ」
 格納庫で愛機のチェックに立ち会っていたアランを見つけ、アレクセイは駆け寄った。情報通の彼なら、事情を知っていると思ったのだ。
「ああ…あれ」
 アランは思いのほか平然として、軽く唇をなめた。
「…カムジンて知ってるか」
「ああ…」
 アレクセイはうなずいた。マクロスを何度も危機に陥れたのはその男であったと、彼も聞いてはいる。
「そいつと勝負したらしい。もちろん、巨人に戻ってだけど」
「え…ええ!?」
 アレクセイの脳の回路が、処理に困難をきたし、停止寸前となった。
 勝負とは穏やかではない。ドールの強さはよく知っているが、それでも彼女は女だ。地球人相手ならともかく、同じゼントラーディ人の男を相手にして、ただで済むとは思えない。何かトラブルでもあったのだろうか。
 口を開け閉めするアレクセイに、アランは冷静に問いかけた。
「…お前さ、中佐のあのさまを見て、彼女が一方的にボコボコにされたとか思ってない?」
「ち…違うのか?」
「安心しろ。中佐の勝ちだ…まあ、相打ちに近かったらしいけどな。相手は相手で、自分の勝ちだと言い張ってるらしいが」
 アレクセイはまたも絶句した。改めて、ドールの桁外れの強さに恐れ入るしかない。
「でもなんでそんな?」
「さあ、そこまではね」
 興味なさそうに答えると、アランはふと思い出したように言った。
「…医局の知り合いの話だけどさ、ゼントラーディ人は地球人より、男女の体格差が小さいらしい」
「そ…そうなのか?」
 ゼントラーディ人が、戦うために特化した種族だとするならば、そういう進化のしかたもありなのだろうとアレクセイは思った。なんでも、続くアランの話では、地球にいる全てのゼントラーディ人からは、研究のために遺伝子のサンプルが採取されているという。
 アレクセイは、ドールがそんな勝負に臨んだ理由を、ゼントラーディ人の血のせいだとは思いたくなかった。

* * *

 それは、記念すべき日であった。地球とゼントラーディの架け橋となった、マクシミリアン、ミリア・ジーナス夫妻に、女児が誕生したのだ。
 これはいくつかの重要な意味を持っていた。一つは、ゼントラーディ人が生殖能力を失っていないこと。そして、両者は混血可能だということ。つまり、地球人は、望むと望まないとにかかわらず、その血統にゼントラーディの血を受け入れていかねばならないということである。
 様々な思惑の中、新統合政府としては、このことは政治的宣伝として大いに利用する必要があった。両種族の共存の象徴、として、大規模な祝賀行事の企画が立てられ、各地で記念イベントが催された。
 マクロス・シティでは盛大なパレードが行われた。軍楽隊の奏でるマーチ、隊員、デストロイドや各種車両の行進…中でも目玉は航空ショーであった。この年再編成されたアクロバットチーム、エンジェル・バーズの華麗な展示飛行は、一番の呼び物となった。
 次いで観客の人気を集めたのは、101飛行隊、すなわちスカル隊と飛行教導隊との模擬戦闘である。
 物語風に構成されたショーには、星間大戦の名戦闘の数々が織り込まれ、観客は皆、名パイロットたちの活躍に思いをはせ、惜しみない拍手を送った。

「おい、見てみろよ」
 通信係の兵が、周りの兵たちに興奮気味に呼びかけた。
 アゾニアの陣では、常に街から発せられる電波が受信されている。モニターの中では、ちょうど記念式典の模擬戦の様子が中継されていた。
「…演習か?」
 数名の兵士が興味深げに集まってきた。
「見ろよ、この機体、敵のメカのくせに、俺達のマークが描いてあるぜ」
「ホントだ…なんでそんな事するんだろう…」
 兵士の指差した先には、教導隊の機体が、見事なロールを描きながら模擬弾を避けていた。
 その華麗な動きに、それが敵のものであるということをしばし忘れ、画面に見入る兵士達。
 その中の一人、ラン・アルスールも、思わずため息をついた。彼女の視線は、映像の中に飛び交う深緑の機体群の中でも、群を抜いてダイナミックで、切れのある動きを見せる一機に、自然に引き寄せられていた。
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