TVアニメ「超時空要塞マクロス」の二次創作を公開しています。
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§16 失われた記憶の手がかり
「いいか、あの建物だ」
 双眼鏡を覗きながら、ソルダムは部下たちに目標を確認させた。
 彼と二人の部下は巨人用通路にいた。街のいたるところに、塹壕のように張り巡らされたこの通路は、身を隠すのにちょうどいい。
 作業着のみの軽装、武器は隠し持った短銃とナイフだけであるが、この方が周囲にまぎれ、行動しやすいのだ。事実、彼ら三人も誰にも怪しまれることなく、街のほぼ中心に位置するこの建物の前までたどり着くことができたのである。
 街の外にはさらに、小型ロケットランチャーを担いだ部下が潜んでいる。
「あと10分で砲撃が始まる。俺はその前にさりげなく建物に近づいて、砲撃と同時に医官を捕まえるからな。ゲルト、お前は俺と一緒に来い。バスコル、お前は南の倉庫街に行って、砲撃の音がしたら適当にその辺のものをブッ壊せ」
「おう」
「そしたらすぐに脱出しろ。変な連中が倉庫を襲ってる、って叫びながらな…地図は頭に入ってるな。行け」
 部下の一人を見送ると、ソルダムはもう一度双眼鏡を覗き込み、慎重に様子を観察した。
「さてと…医者ってのは、白い制服を着てるんだよな…」
「分かんのか?兄貴」
「まあな」
 ソルダムはアゾニアの考えたこの作戦自体は成功を疑わない。が、それをもってランの記憶を治療する、という部分には多少懐疑的であった。いくら地球の医療技術の方が進んでるといっても、そう簡単にいくものなのだろうか。
「時間だ。行くぞ」
 二人は通路を出ると、病院の正門から堂々と入った。巨人の患者も対象にしているこの病院は、敷地が広く、また目立たず行動しやすい。
 横目でちらちらと窓の中を確認しながら、ソルダムはタイミングを計った。その彼の目の隅に、窓際の椅子に座る、恰幅のいい中年男の姿が映った。デスクを背に、患者らしき男の口の中を覗きこんでいる。
――間違いない、こいつだ!
 ソルダムの体が横っ飛びに跳ね、その拳が正確に窓に向かって叩き込まれた。
 突然の異音に、地球人たちは身を縮めるのが精一杯で、何事が起きたのか理解する間もなかった。そこへ間髪を入れず、地面を揺るがす振動が建物全体を襲う。
「ゼントラーディ人の攻撃だ!」
 叫んだのはソルダムの部下であった。しかし動揺する人々は、その訛りの強い言葉に違和感を感ずる暇もなく、うろたえ、すぐさま避難を開始した。医師や看護師たちが患者を地下へと誘導していく。
 混乱の中で、彼らは医師の姿が一人、消えていることには気がつかなかった。
 ソルダムは医師をつかみ出すと、素早く元の巨人用通路に身を隠した。改めて、獲物を観察してみる。
「これがイシャとかいう奴かぁ」
 物珍しそうに、部下が脇から覗き込んだ。
 哀れな医師は、衝撃で目を回していたが、すぐに息を吹き返し、頭を振りながら自己の身に何が起こったのかを確認しようとして、ぎくりとした。巨大な手が自分の体をつかんでいる。手の先にやはり巨大な腕があり、顔があった。
「……!」
 手以上に巨大な恐怖が、医師の体を締め上げた。目の前の巨人は、じろじろと品定めするようにこちらを見ながら、残忍なうすら笑いを浮かべている。
 死、という文字が体の中を跳ね回った。なんとか逃れようと、必死に体を動かしたが、無駄な抵抗であった。かえってぎりぎりと締めつけられ、医師はうめき声をあげた。
 巨人が口を開いた。
「オマエ、医者だな」
「だっ…だったらどうだというんだ」
 精一杯の虚勢を、医師は張った。
「オレタチのトコに記憶のない患者いる。診ろ!」
「なっ…!」
 医師は絶句した。
「わっ…私は内科医だ」
 それを聞くと、巨人は黙って医師の体を掴んだまま、真っ直ぐ前に伸ばした腕をゆっくりと大きく、右、左と振った。
 医師は声にならない悲鳴をあげた。
「たっ…助けてくれ。私には妻も子もいるんだ。殺さないでくれ」
「じゃあ言うコト聞け。騒ぐとコロスぞ」
 その言葉と共に、彼は何か袋のようなものに押し込められ、暗闇の中に閉じこめられた。

 アトラス・シティで起こったゼントラーディ人による襲撃事件は、まことに奇妙なものであった。
 市の南側にある倉庫街が襲撃を受けたとの通報が入ったが、実際の被害はわずかなもので、駆けつけた統合軍も加害者の姿を発見することはできなかった。
 その直後、市中心部の中央総合病院からも被害の報告があった。建物の損害は軽微であったが、すぐに医師の一人が行方不明であることが判明して、騒ぎになった。
 状況から判断して、ゼントラーディ人に拉致されたとしか考えられなかったが、彼らがそのようなことをする動機がまるで見当がつかず、その医師の身も、ほぼ絶望とされた。
 ところがそれから数日して、行方不明だったヴィクター・ハント医師が市郊外の荒地で発見されたのだ。衰弱はしていたが、大した怪我もなく、意識もはっきりとして、軍の質問に対し、恐怖の体験を語ったのであった。
「生きた心地がしませんでした…何度もうだめだと思ったか…二度とあんな思いはごめんです」
 額の汗を拭きながら、医師は答えた。
「彼らは、あなたに何をしたのです」
「それが…」
 医師は自らの体験を詳細に語った。
 袋に入れられたまま、激しい振動と息苦しさに必死に耐えながら、彼は恐怖の数時間を過ごした。袋から出されるとそこはどこか薄暗い場所で、5、6人の巨人の男女が、彼の置かれた机らしきものの周りを取り囲み、野卑な笑いを投げかけていた。
 医師は震え上がった。学生だった頃、実験に使ったマウスのことが一瞬、思い出された。
「そこに彼らのリーダーらしき人物が現れて…あれが多分、リーダーだったのだと思います」
「どんな人物でした」
 医師は鼻の上を指でなぞった。
「ここに傷のある…女です。いや、男みたいに見えましたが、女です。そこで、記憶喪失の患者がいるから診ろ、そうすれば命は助けてやると…」
「記憶喪失…?」
 将校たちは顔を見合わせた。ゼントラーディ人の要求にしては奇妙である。
「その女が何か言うと、部下が2人ほど出ていったのですが、しばらくして部屋の外から、何人かの女のひどく言い争うような声が聞こえてきました。リーダーの女がみるみる不機嫌な様子になっていくのが分かって…心臓が細りました…そのうちそのリーダーも部屋を出ていったんですが、騒ぎが一層、大きくなって…」
 ハント医師は、もう一度額の汗を拭った。
「間もなくリーダーが戻ってきて、ひどく怒っていた様子でした。周りにいた部下たちと何か話をしていたのですが…ゼントラーディ語は分かりませんが、なんとなく、私の処遇についてだなという事は分かりました。みんな気が立っていて、私は、もう今度こそ殺されると…」
 恐怖の記憶がよみがえったのか、医師は息苦しそうにシャツの胸元をゆるめた。
「…でも結局、リーダーの女が彼らを抑えたようで…それで、患者に会わせることはできないが、治療法を教えろと…」
「それで…」
「彼らが患者の様子について詳しく話したので、医師としての所見を…しかし、記憶喪失…医学的には健忘症というのですが、これが決め手という治療法というのは存在しないのです。果たして彼らに…」
「では、あなたはその患者とやらには会っていないのですね?」
「はい…」
「そのやりとりを、もう少し詳しく教えていただけますか」
 詳細な報告がまとめられ、マクロス・シティに送られることになるが、それはまた後の話である。

「アゾニア、なぜ殺っちまわなかった」
 詰め寄るソルダムに、女戦士はどこか投げやりな表情で答えた。
「…約束した。命を助けると」
「マイクロンとの約束なんかまともに取り合う奴いるか」
 苦りきった顔でソルダムは言った。彼女のプライドには敬服するが、あのイシャとやらが仲間の元に戻れば、ここで見聞きしたことを話すだろう。
 答えるかわりにアゾニアは、袖口から顔をのぞかせる歯型にちらりと目をやった。
「あいつ…あんなに力があるとはな…」
「……」
 確かに、アゾニアが気勢を削がれてしまったのも分からなくはない。それほど肝心の患者、ランの抵抗ぶりは、彼らの予想をはるかに上回るものであった。あの小さい体のどこにと思うほどの力で、アゾニアと二人の兵士をはね除けると、脱兎のごとく逃げ出してしまったのだ。どうせ空腹になれば戻ってくるだろうが…
――しかし、なんであいつはそんなにマイクロンを恐れるんだ――
 ソルダムがその疑問を口にしようとした時、それを遮るかのように、アゾニアはつぶやいた。
「悪いが、しばらく考えたい事がある…」
 それは出ていってくれという事実上の命令であった。ソルダムは口を開きかけて、寸でのところで言葉を飲み込んだ。アゾニアはいつも一人で考えようとする。深刻な悩みであるほどに。
 それこそが、彼にとって最も理不尽なことであったが、今は言えなかった。どこか空しい思いに囚われつつ、彼は黙ってその場を後にしようとした。
 その背中に、静かに声がかけられた。
「…すまなかった…無駄足踏ませて…」
 ソルダムは何も答えず、天幕を出た。そこへ一陣の風が襲いかかり、砂を叩きつけてきた。
「ええい、クソったれが!」
 口に入った砂を悪態と共に吐き出し、ソルダムは地面を蹴った。

 ここにはかつて地球人の街があったらしい。砂の大地にところどころ、朽ちかけた建物の壁面や柱が、墓標のように点在している。
 そこへかすかに風に乗り、人の声が聞こえた気がして、ソルダムは風上に目をやった。
 建物の残骸、彼はその一つに向かって足を進めた。崩れかけた壁に半ば隠れ、二人の女がもめているのが見える。
「アンタ、アゾニアが甘い顔してるからって、いい気になってんじゃないよ」
「知らない!アゾニアが勝手にやった事じゃない」
 ソルダムは舌打ちの音を残し、歩く足を早めた。
 黒い巻毛の女は、赤い髪の少女の態度に怒ったのか、その肩に乱暴に手をかけようとした。
「やめて!放してよバカ!」
「なんだって!この…」
 平手が振り上げられ、ランは首を縮めた。が、ふいに現れた男の影が、ドルシラの手の動きを止めた。
 ドルシラはソルダムの姿に一瞬だけ驚きの表情を見せると、疎ましげな光を目に、卑屈な薄笑いを口に浮かべて悠々と退散した。
 通り過ぎざま「フン、バーカ」との悪態が聞こえたが、それについては彼は聞かなかった事にすることにした。
 残された赤い髪の少女は、怒りと不安の眼差しを向けたまま立ち尽くしていた。彼女にとっては事態は少しも好転していない。虎が来て狼を追い払っただけのことだ。
 ランはそっぽを向いた。
 その様子をソルダムはしばし眺めた後、いきなり手を伸ばし、少女の襟首を掴んだ。
「はっ、はなして…」
「いいから話がある。来い」
 ソルダムはランを引きずるように、野営地のはずれの開けた場所に連れてきた。
 ごろごろと砂から顔を出している石の一つを指差すと、ランももう観念したのか、神妙に腰をおろした。ソルダムは特に怒っている様子もなく、その向かいに座った。
「アゾニアに謝っとけよ」
「……」
「…ま、多少乱暴だったがな、あいつだって、お前の体を心配してんだ」
 それは充分に分かっているつもりではいた。
 しかし、マイクロンに対する不可解な恐怖心は、いつも彼女自身の理性を軽く凌駕するのだ。今回のアゾニアの作戦も、結局は彼女が常に抱いている屈辱と負い目を、改めて炙り出したに過ぎなかった。
 アゾニアに対して怒りはない。ただ、自分自信に対する情けなさに、ランは唇を噛んだ。
「…お前さ」
 ソルダムは亜麻色の髪をかりかりと掻いた。
「落ち着いてよーく思い出してみろ。お前が覚えてる中で、この星に来る前に、一番最後にマイクロンを見たのは、いつだ?」
「…ないよ」
 それはいささか意外な答えであった。
「一度も?」
「……ない」
「じゃあ、見たこともないのに、なんでそんなに怖いんだよ」
「…それは…」
 ランは再び黙ってしまった。自分の出した答えに戸惑っているようにも見えた。
 確かに、この星に来るまでマイクロンなど見たことはないはずだ。にもかかわらず、心の奥底に黒くこびりついている何か。一体いつのことだったのかも分からないが、何かを見た気がするのだ。
 鼓動が早まってくるのを感じた。口の中が乾き、呼吸が浅くなる。
 ソルダムの手に肩を掴まれなければ、またあの発作を起こしていたかも知れない。
「待て、落ち着け。深呼吸するんだ深呼吸」
 ソルダムはランの前で、深くゆっくりと息を吸ってみせた。
 それを真似て、ランも懸命に息を吸い、吐いた。徐々に落ち着きを取り戻してきたその様子を見ながらソルダムは言った。
「いいか、とにかく落ち着け。今のお前は記憶が欠けてることに対してパニクってるんだ。だからそんな過呼吸みたいな症状を起こすんだ。ヤバそうになったら何か別の事でも考えろ」
「……」
 ランはうなだれていた。が、次第にその眉間に険しさが浮かび、突然彼女は立ち上がると、きっとソルダムを睨みつけた。
「もういいっ!私はアゾニアの役に立ってればそれでいいでしょう!?どうせ私は…」
 その目にみるみる涙が溜まりだし、言葉は続かなくなった。
 そして、口惜しげな顔を隠すように身を翻すと、記録参謀はその場から走り去った。
 半ば唖然とその後ろ姿を見送ったソルダムは、しばらくして頭を掻き、ぽつりとつぶやいた。
「…畜生、俺ばっかりが貧乏クジじゃねえか…」

 そのまま忘れ去られるかと思われたこの件は、北の地からの連絡部隊が戻った時、再燃することとなった。
 激怒したのは、野営地に戻って事の顛末を知ったフィムナである。
「あんたたち!私がいない間に、参謀に何したの!?」
 怒りに身を震わせて抗議するフィムナに、アゾニアを取り囲む幹部達は白けた視線を投げた。
 沈黙を破ったのはやはりドルシラであった。
「うるっさいね。あたいたちは、アンタの参謀の故障を直してやろって…」
「やめな、ドルシラ」
 女ボスは低い声で唸ると、椅子からゆっくりと立ち上がった。天幕の隙間からもれる夕暮れの光が、その横顔を染めた。
「フィムナ、いいとこに戻ってきたな。話がある」
 アゾニアはソルダムを除く皆に部屋を出るよう命じ、一同はボスの言葉に従って指揮天幕を出た。
 後にはアゾニアとソルダム、フィムナが残された。しばらくアゾニアは何も言わず、濃い橙色の光に体の一部を染めて立っていた。
「フィムナ」
 その声は不穏な空気をはらみ、フィムナはまるで自分が被告席に立たされているかのような居心地の悪さを感じた。
「プロトカルチャーって、何だ」
「え…」
 フィムナの、太めだが形のいい眉がかすかに動いた。
「知ってるんだな…」
「どうしてそれを…」
「この前な、ランが倒れる前に口走った」
「……」
「一体なんなんだ、そのプロトカルチャーって」
 その瞬間、今までにない険しい光がフィムナの目にともった。
「最高機密よ。私も名前を聞いたことがあるだけで、何なのかは知らない…指揮官と記録参謀しか知らない事よ」
 アゾニアの冷たい薄水色の目が、フィムナを射た。
 フィムナは動じることなく、真っ直ぐに女戦士の眼光を押し返した。しばしの無言の対峙の後、アゾニアは口の端を少しだけ上げた。
「その最高機密が、記録参謀であるランの脳からスッポリ抜け落ちている…気がついてたか…?」
「…そんな…!?」
 驚愕と不審の形に、フィムナの眉が歪んだ。記録参謀として生まれ持っているメモリーが失われるなど、あり得ない。そう主張する彼女に対し、アゾニアは先日の、ランが倒れた日のことを語った。
「あの時確かに言ったんだ。プロトカルチャー、とな。なのに次の日、あいつは覚えてなかった。自分で言ったことを、忘れちまってたんだ。記録参謀がだ」
「…まさか…!」
「以前から思ってはいた。ランの記憶喪失は、頭の怪我のせいじゃないんじゃないかってね…それに加えて今回の件だ…あいつのマイクロン嫌いは分かってたが、正直、あそこまで激しい反応をするとは思ってなかったよ…」
 アゾニアはあの地球人の医者から聞いた話を思い起こした。記憶喪失には、外傷性のものと、心因性のものがあると。
 外傷とは脳の物理的な損傷であり、心因とは精神的、心理的なものである。
 その言葉を触媒にして、これまで彼女が接したランの様子、抱いた疑問が、一つ一つあるべき場所へと向かって組みあがってゆく。
 アゾニアは一息つくと、確信を得た目で、推理の結論を述べた。
「何かとてつもないストレスが、あいつの記憶に蓋をしている。あまりにもショックな事、怖ろしい事に出会って、それから自分を守るために無意識に記憶を消した、いや、押さえつけたのさ。おそらくは…あいつが忘れちまったのは、この星に来る前後のことでなく、あの作戦にかかわることすべてだ」
「……」
 フィムナもソルダムも、思いもよらないその結論にただ目を丸くさせ、聞き入るよりなかった。
「なんでランが戦艦アルタミラの状態について知ってたのか。多分あいつは頭を打って意識を失っていた時も、脳のどこか一部は覚醒していて、周りの様子を覚えていた。でも普段はそれは無意識の中にある…そうは考えられないか。本当は覚えているのに、はっきりと目覚めているときにはそれを取り出すことができなくなってしまったんだ。他の記憶もそうさ」
「で、でも…そのストレスとやらって、何だというの?」
 フィムナの口調は、抗議の色合いを帯びていた。アゾニアの言うような怖ろしい出来事など、心当たりがない。
「フィムナ、あんた、この星を攻撃する際、歌うマイクロンの女を見たと言ったな」
 アゾニアはリン・ミンメイの映像の事を言っていた。輸送艦の奥にいた彼女自身や部下達は、それを見てはいない。
「それなら…私達だって…」
「同じ物を見ても、ランとあんたらではその知識のバックボーンが違う」
「……」
「本来なら、マイクロンの星には攻撃をしてはならないとランは言った。多分あいつはその理由も知っていたはずだ。そしてプロトカルチャーという言葉も…両方とも記録参謀しか知らない事だ。あたしは、それらがランの記憶のフタと関係してると思う…」
 推理を終え、アゾニアは一旦言葉を切った。

「だとしたらだ…」
 それまで黙っていたソルダムが、つぶやくように言った。
「なおさらランの事は、放っておいてやった方がいいんじゃないか?」
「何でだ」
「お前の推測が正しいとしたら、あいつの記憶を取り戻すという事は、そのショックな出来事とやらとまた向かい合わせるという事だろ。身を守るために自らフタをしたんだ。無理やりこじ開けることはないと思うがな」
 それに対するアゾニアの声は、むしろ悲しげであった。
「分からないのか…?ゼントラーディ軍に戻って、あいつの記憶に欠陥があると知れれば、戦闘不能と見なされるかも知れないんだぞ」
 フィムナは顔を蒼くさせ、ソルダムは片眉を上げた。戦闘不能、すなわち兵士としての機能を果たせなければ、ゼントラーディ軍においては存在価値がないのだ。
 アゾニアの頭にはゼントラーディ軍に戻るという、最終目標が常にある。いつの日か念願を叶えても、そのためにランを使い捨てにするつもりなど毛頭ない。
「と…とにかく…」
 声の震えを、フィムナは辛うじて押さえ込んだ。
「参謀の事を心配してくれるのはありがたいけど、もし、ゼントラーディ軍に戻る事を考えてるなら、プロトカルチャーという言葉は忘れた方が賢明よ」
 それだけ言うと、フィムナはきびすを返し、表情を見られるのを避けるように、足早に天幕を出て行った。
「俺もフィムナに同意見だがな」
 それを見送った後、ソルダムは心持ち厳しい視線をアゾニアに向けた。
「今の俺達は自分らと、アルタミラの面倒で手一杯だ。ランには悪いが、あんまりあっちもこっちも手を出すと、ボロを出す元にもなりかねないぜ」
 今回も、あの医者を逃がしたことで、こちらの情報がわずかでも敵に漏れたのは間違いないのだ。
「お前は…気にならないのか…?」
「あ?」
 意外にもアゾニアの声は、どこか力なく聞こえた。
「あいつが忘れちまった、いや、忘れようとした事…それはあたしたちがこの星に連れてこられた理由に関わる事なんだぞ…」
「そんな…もう終わったことだ」
 アゾニアらしからぬ物言いに、ソルダムは迷った。
「この星に来るために、あたしたちは戦線を離脱しなければならなかった。その時の戦いで大勢の仲間が死んだ。そいつらの死が意味のあるものだったのかどうか、知りたいと思うのは悪いことなのか?」
「……」
 ソルダムは言葉を失った。
 彼女がそんな事を考えているとは、思いもよらない事であった。
 ゼントラーディ人は決して死を恐れない。自分の命も、他人の命も、あくまで兵器。任務を達成するためならば、死ねと命ぜられれば喜んで死ぬ。
 しかし兵器であるからこそ、"無駄弾"とはなりたくないし、部下をもそうさせたくない。優秀な兵器であったアゾニアは、自らが無駄な戦力であったなど、決して受け入れられない事なのだ。
 いつも前だけを見続け、走り続けているかに見えるアゾニアの、心の奥底に隠された後悔の断片。思いがけずそれを垣間見てしまったソルダムは、何か苦いような思いになった。
 あれほどまでに近づきたいと思っていたアゾニアの本心なのに、触れてしまった今となっては、どこか奇妙な胸苦しさが彼の心を締め付けるのであった。
コメント
この記事へのコメント
更新されていますね!
カムジン登場。閣下をクソ親父呼びして暴言乱闘。期待を裏切らぬ活躍でした(笑)。カムジンのブリタイ親父呼び、好きです。

キャラ設定も拝見。ランの袖捲くりが可愛さ倍増です。上の絵は、髪・瞳の色からもしやと思っていましたが、ドールですね?

人類とゼントラ人の共存。小学生並みの知能の彼等800万人を、言語や衣食住(衣類やトイレを見る分には大きく違いなくも見えますが)レベルから教育する。どういうプログラムか想像できませんが、かなりハードと思われます。

拍手ポチポチしながら、最新話に向かって進んでいかせて頂きますね。
2011/07/28(木) 14:43:20 | URL | にゃお #nHTGuFzo[ 編集]
●にゃおさん
カムジン親分はキャラがハッキリしているので動かしやすいですね。
いくら粋がってもブリタイ親父にはかなわない(笑)ところがカワイイのです。

>上の絵
はいそうです。ボドル戦後、地上に残ったゼントラ人と統合軍との間で戦闘があったと「空白の二年間」にあったので、そのイメージです。

ゼントラ人が小学生並なのは、知能じゃなくて、知識とか教育といったモノだと思いますが(知能が...じゃ、知○ですから...)、
いずれにしろ全く違う世界な訳ですから馴染むのは大変でしょうね。
現実社会でも、兵士だった人の社会復帰には問題があるようですし...あまり深く考えると際限なく暗くなってしまうので、適当にボヤかしたいです.........
2011/07/30(土) 12:25:25 | URL | 作者。 #f4U/6FpI[ 編集]
失礼致しました
知能じゃありませんね(汗)。ゼントラーディ人の皆さんはもちろんのこと、らんこさんにも大変失礼を致しまして、申し訳ありませんでした。
確認で見たパーメモそのままを書いて、コメント確認の時に気が付きませんでした。
当該コメントを修正しようかと思いましたが続くコメントの意味が不明になるので、一応そのままにしておきます。直した方がよければお手数ですがご連絡をいただけますでしょうか。よろしくお願い致します。
2011/07/30(土) 18:32:52 | URL | にゃお #nHTGuFzo[ 編集]
●にゃおさん
別にそんなに気にするコトはないですよぉ^ ^
パーメモにも確かにそう書いてありましたから。けど、実態を表した表現ではないと思います。ブリタイさんやミリアの普段の言動を見ても。
親分だって、精神年齢はガキだけど(笑)、知能は人並みでしょうし...
この辺については河○氏の日本語能力の問題だと思います(笑)

と、いうわけで、お気になさらず。
2011/08/02(火) 02:21:18 | URL | らんこ #f4U/6FpI[ 編集]
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