どうもこのごろ暗号のガードが固くなった、とランが言ってきたのは、アゾニア軍団がさらに東に進んで間もなくのことである。
「無理なのか?」
「無理じゃないけど…時間がかかる」
記録参謀は気を悪くしたようだった。
「何かあるのかな…」
アゾニアは興味を持ったが、このときはこの話はそれまでであった。が、数日後、興奮したランが指揮天幕に飛び込んでまくしたてた。ここからさらに東へ行ったところにゼントラーディの墜落戦艦があり、保管していた物資を運び出す予定らしいという。
戦艦があるらしいことは、彼らも知ってはいた。が、そのように物資を保管していたとは全くの初耳であった。
「何で、今頃になって物資を動かすんだ…」
「俺達を警戒してだろ、決まってる」
女ボスの疑問に、ケティオルが答えた。このところ、街を襲っても手に入る食糧が減ってきていた。軍の指導によって、どの街でもあまり余剰な食糧を備蓄しないようにしているのだ。
「運び出して、持ってく先は?」
「アレクサンドリア・シティから輸送機に積み替えるみたい。でもその先は分からない」
「街までは行ってほしくないよな…」
アゾニアは作戦卓を操作し、地図を呼び出した。
アレクサンドリア・シティの基地は大きく、駐屯する兵力もそれなりのもので、できればまともに相手にはしたくない。
「何もねぇ所だな」
地図を覗きこみながら、ケティオルが言った。
ランは地図の上に身を乗り出して説明した。ゼントラーディの中型コンテナをも運べる特大型トレーラーが、百台以上も首都のマクロス・シティから運び込まれているという。
「これだけの規模の輸送部隊だから、少なくともデストロイドの二個中隊はついてくる。それにニュー・バルナ・シティには航空部隊の動きもあるし」
「……」
指揮天幕の中の誰もが、この輸送団の戦力、戦うに必要な戦力、失われるかも知れない戦力、そして得られるかも知れない物資の量について、それぞれの基準で計算を開始した。
投資に見合うだけの収益がなければ、攻撃を仕掛けても意味はない。ここにいる者は皆、きわめて合理主義なのだ。
「やろうよ。いけるよ」
しばしの沈黙の後、勢いよく顔を上げたのはドルシラであった。
「あたいが煙幕を作ってやる」
あまり感心しないという風に、アゾニアが口を開いた。
「奴らはあたしたちが来ることを前提に部隊を構成するはずだ。空からの援護が絶対にある。低空から来られたら見つけにくいぞ」
「アゾニア自慢のSAMだろ?そのぐらい見つけろよ」
部下の煽りに、アゾニアはキッと顔を上げた。
「お前の心配をしてやってるんだ。こんなだだっ広い所で、空から来られてみろ」
「ここ、ここなら隠れられるって」
砂漠にまばらに散らばる台地を、ドルシラは指した。
「……」
「黙って指くわえて見てろってのかい?」
彼女が苛立つのも無理はない。武器弾薬はともかく、食料は不足気味であった。
その理由は他でもない。戦艦アルタミラへ積み込む備蓄用として、手に入れた食料の多くをそちらに回していたためである。
反応エンジンが稼働すれば、艦の食糧簡易生産システムが使えるが、それでも最低限の備蓄は確保しておきたい。
「…とにかく、まだしばらく時間はある。とりあえず斥候を出して敵の様子を見ておくのもいいんじゃないか」
結局、一番建設的なソルダムの提案が取り入れられ、偵察リガードが東へと向かった。
ところがさらに数日後、事態は意外な方向に進展した。
またしてもランが、大慌てでアゾニアの元に転がり込んできたのだ。
「奴ら、輸送の日を前倒しする気だよ!」
「なんだって…」
「10日も早くなっちゃう。地球暦の15日だって…」
「明後日じゃないか…」
「どうしよう。襲撃するんなら、準備にかからないと」
追い立てるような視線がアゾニアを見つめた。
「……」
勝算がないという訳ではない。今いち踏ん切りがつかないのも、特に確たる理由がある訳ではなかった。ただ、なんとなく何かが彼女の野生の勘に引っかかっていただけなのだ。
しかしもう今は時間がなかった。
アゾニアは当直の兵を呼ぶと、こう伝えた。
「…みんなを集めてくれ」
まだ空が白む前の早朝。砂漠の乾いた空気は刺すように冷たい。
大地に半分ほどもその身を埋め、息絶えたゼントラーディの戦艦。巨大な墓標だけがたたずむ生命のない地に、百以上のディーゼルエンジンの立てる音と、忙しく走り回る兵士たちの白い息が、ひと時の喧騒を与えていた。
「前哨隊、前へ!」
警戒部隊である前哨隊、続いて前衛小隊。装甲車、デストロイド・スパルタン、トマホークから成る隊列が動き出した。
粗い砂礫に覆われた、固く乾いた地面を鋼鉄の足が踏みしめるたび、白い埃が舞い上がる。
それに続き、トレーラー部隊が一台ずつ、巨体を引きずって動き出した。その側方にはデストロイド部隊が付き添い、警戒の目を光らせる。
片側四車線の道路は無駄とも思える広さであるが、ゼントラーディのコンテナを載せた車体は、そのうち三車線分の幅を占領した。もっとも、この砂漠の道を利用する車両など、日に数台程度であるのだが。
輸送第一梯隊、第二梯隊、そして最後尾に後衛小隊が続く。輸送本隊だけで5km以上に及ぶ大部隊である。
おごそかなその行列を、息をひそめて見守る視線があった。
地面から潜望鏡のように突き出した、偵察リガードのカメラ・アイである。
その頃、砂漠の上空にはニュー・バルナ・シティの統合軍基地から飛び立った大型哨戒機、ディスク・センサーの姿があった。各種探査システムを搭載し、はるか上空から数百キロ先の敵陣まで監視の目を光らせる、統合軍の誇る"空飛ぶ司令部"である。
数多くのオペレーションブースが並び、地上の基地にも見劣りしないコマンドセンターの中央にドール・マロークス中佐は陣取り、眼前のモニター群を睨んでいた。
制服姿ではあるが、通常のタイトスカートではなくスラックスを身に着けている。仁王立ちとなって腕組みをする姿は、彼女がゼントラーディの指揮官であった頃を彷彿とさせた。
その傍らに立つ記録参謀エキセドルは、指揮官以上に落ち着き払い、モニター群に表示される情報に目を配っていた。
中央スクリーンの作戦図上には、地上部隊の様子が示されている。
そこにはまだ何の異常も、その予兆もない。しかしこの砂漠地帯のどこかに、息をひそめて獲物を狙っている狼の群がいるはずだ。
「これだけ警戒してりゃ、ゼントラーディ人どもは襲ってこないだろうよ」
車列の一番先頭を走るトレーラーの車長が、運転手に向かって語りかけた。
「今回はバルキリー隊の支援もあるんでしょう?」
「ああ、上空で待機しているはずだ。もし万一奴らが来ても、すぐ駆けつけて追っ払ってくれるさ」
車長は空を見上げた。
彼ら輸送隊の隊員はもとより、士官達もこの作戦の真の目的を知っている者はごく少数であった。
余裕の雰囲気の輸送部隊とは逆に、護衛の陸戦部隊には、緊張の糸が張りつめていた。
隊列の前方を守る前衛小隊の指揮官は、装甲車のハッチから上半身を出し、双眼鏡で周囲を見渡すと、果てしなく広がる荒野に向かって毒づいた。
「さて…巨人どもめ…どこからでも来やがれ…」
時刻はすでに朝の時間帯を過ぎ、容赦なく照りつける砂漠の太陽が大地と周囲の空気を焼き、気温は急激に上昇していった。
噴き出した汗が顔の横を伝い、滴り落ちて装甲板の上で一瞬のうちに蒸発する。
その時、唸るような音が後方の空に走り、鈍い振動が伝わってきた。
「何事だ!」
振り返ったはるか後方に、白い煙がもくもくと立ちのぼっている。
「敵襲だ!」
「後方、およそ8000」
「あれは…煙幕弾だ!」
その瞬間、蜂の羽音にも似た、空気が切り裂かれたかのような短い音が上空を走り、装甲車の真上で何かが弾けた。
たちまち、辺りは高温の地獄と化した。
ディスクセンサーのモニターに赤い光の点がともり、電子音が鳴り響いた。
「前衛小隊、敵と接触!」
「ロケット攻撃です!前哨隊通信途絶。前衛小隊、IFV三、デストロイド四、撃破されました」
翡翠色の瞳が燃えた。
「命令を伝える!」
びりびりとした空気の振動が、その場の全員の耳を打った。
「デストロイド各隊、砲撃用意。バルキリー、リンクス、オックス各飛行隊は敵部隊への対地攻撃の後、地上展開してデストロイド隊を支援せよ。残りの戦力は待機とする。事後の命令を待て」
決して大きすぎる声ではない。が、まるで声そのものがエネルギーであるかのように、聞く者のはらわたに直接響き、皆、電流が流れたように背筋を伸ばした。
「イ…イエス・マァム!」
雷に打たれたかのように硬直していたオペレーターの一人が、やっと我に返って復唱すると、残りの者達も次々に声を上げた。
「イエス・マァム!」
「イエス・マァム!」
エキセドルだけが、表情を変えることなく、口の端だけを僅かに上げたようだった。
作戦パネルの地図上に、次々と敵を示す赤い符号が表示されていく。
「第一梯隊と第二梯隊の間に遮断煙幕を確認。幅約1000」
「バトルスーツおよび戦闘ポッド接近。40ないし50。第一輸送梯隊の南方20km、攻撃正面約4000」
「デストロイド隊への射撃誘導データを送れ」
「了解」
スクリーンの中の赤い光点は横に広がりながら、道路上の輸送部隊目掛けて突き進んでくる。
それを睨みながら、エキセドルは冷静につぶやいた。
「最高レベルの暗号を、よくぞ解いてくれました…あなたの部下は優秀な方のようだ…」
「……」
今回の輸送計画において、統合軍は情報を意図的にリークするような事は一切しなかった。そのような事をしても、その不自然さは必ず見抜かれ、かえって警戒を呼んでしまう。
隠そうとすることで、より相手の注意を引く。人間の心理を逆手に取った、エキセドルの作戦であった。
移送日を前倒ししたのは、その仕上げとも呼ぶべきものであった。相手を焦らせ、考える余裕を与えないようにしたのである。
一方、作戦の核となる部分については、情報のやりとりは通常の回線を使わず、統合戦争前以前に敷設されていた、地球全土に張り巡らされた地下ネットワークの有線回線が使用された。
ボドル基幹艦隊の攻撃でその多くが破壊されたが、まだ充分に機能を果たすことができ、また秘匿には却って都合がよかった。
「砲撃地点の逆探知成功!」
作戦図に、新たに赤い円が表れた。
「ジャッカル第一、第二小隊、低空より侵入して対地攻撃をかけよ」
「了解」
ディスク・センサーを取り巻いていたバルキリーの一部が、群れを離れて地上へと降下していく。
「第一中隊、前方9500、射撃用ー意」
散開して身構えるデストロイド・トマホークが、はるか前方の地平線を睨み据える。砂漠の向こうから迫り来るゼントラーディのポッド群は、わずかに巻き上がる砂煙によって確認できるのみである。通常のゼントラーディ軍の攻撃と違い、長距離ビームによる攻撃がないのは、トレーラーの貨物が傷つくのを恐れているからであろう。
そこに突如、着弾音と共に地面が弾けた。独特の臭気と、白い煙がデストロイド隊の前方に壁を作っていく。
「煙幕です、隊長!」
「構うな!上空からの誘導がある!てーっ!!」
トマホークの両肩のランチャーから、一斉に打ち出されたロケット群は、光の尾を引いて白煙の向こうに飛び込んで行く。
爆発音に混じって、金属のひしゃげる音が鳴り響いたようであったが、確認することはできなかった。その煙から突如、巨大な影が姿を現した。リガード、ヌージャデル・ガー、そしてより大型のバトルスーツ、ディルクラン・ドゥ、機種はまちまちだが、統制のとれた動きで攻撃を開始する。
トマホークの砲列が火を噴き、たちまち猛烈なエネルギーの応酬となった。
「アゾニア、予定どおり接近戦に持ち込んだ。トレーラーはその後ろだ。退避を始めている」
バトルスーツ、ヌージャデル・ガーを駆り、戦闘部隊を率いるソルダムが本部へと報告した。
「あまり欲をかくなよ。周囲の敵を排除したら、4、5両でいい。引っ張ってこい」
「了解」
ソルダムはにやりと笑い、バトルスーツのハンドキャノンを撃った。
ビームを浴びたトマホークが火球に包まれる。
「ニブイよな、コイツは」
勝ち誇るソルダムの耳に、再びアゾニアの声が入ってきた。
「ソルダム、敵の航空部隊が接近してる。SAMが攻撃に入るぞ」
「了解!」
ソルダムがインカムのチャンネルを変えると、SAM部隊とアゾニアとのやりとりが飛び込んだ。
「高度60!20ないし25機だが、妨害がひどい。目視計測器を併用しているが、ミサイルへの入力データの精度が落ちる」
「かまわん、ブッ飛ばせ!」
「発射!」
その通信を聞くと同時に、ソルダムは口の中で数を数えだした。
数える間、彼はもう一機敵を倒し、SAM部隊からの「五機撃墜!」という報告を聞いた。
「五機かよ!」
正確に20数えたところで、ソルダムは通信機を怒鳴りつけた。
「よし!全機さがれ!」
絶妙のタイミングであった。ソルダムと彼の率いる装甲歩兵隊が滑るように後退し、煙幕の中に戻るのと、斜め前方から現れたバルキリー隊が地表に向けて放ったミサイルが、囮の熱源めがけて殺到したのはほぼ同時であった。
ミサイルを撃ちはなったバルキリー隊は次々に着地すると、ガンポッドを構えた。
白煙の中からバトルスーツが再び姿を現し、銃撃を加えるとすかさずまた煙の中へさっと下がる。
「ええい、巨人ども!」
バルキリーのパイロットはいまいまし気に吐き出した。その横で、同僚の機体がエネルギー弾に射抜かれ、四散する。
たかだか残存勢力と思っていた敵に、他の部隊があれほど手を焼きつづけた理由が、このパイロットには今、はっきりと分かったのだった。
「ウルフハウンド!ジャッカルワン、敵砲撃陣地らしきものを発見。しかし敵はすでに移動しているようです」
ディスク・センサーの司令センターに、ジャッカル隊隊長の声が響いた。
「了解」
ドールは大して表情を変えるでもなく、その報告を受け取った。砲兵部隊は敵の攻撃を避けるため、常に陣地を変えるのが普通である。
むしろ、今回の作戦においてはなるべく多くの陣地をあぶり出す必要がある。相手には極力逃げ回り、足跡を残して欲しいところだ。
「新たな砲撃地点を逆探!」
オペレーターの報告を受けたドールは、再びの攻撃をジャッカル隊に命じた後、エキセドルの方を見た。
記録参謀は顔を作戦図に向けつつも、目はどこか焦点の合わない、うつろな表情をしていた。これは彼らが強く意識を集中させている証拠である。
ドールは思考の邪魔をするまいと、黙って顔を戻した。
アゾニアの指揮所は、戦場をはるか遠くに臨むなだらかな丘にあった。あたりにはかつての建造物の残骸が立ち枯れた木のように、かなりの広範囲にわたって散らばっている。
その廃墟の中に、指揮所は巧みに隠されていた。比較的形状が残っているビルの残骸に身を寄せて、特殊繊維の偽装網が箱形に張られ、周囲の景色に溶け込んでいる。作戦卓といくつかの機械類を並べただけの簡素な司令部である。
それらの装置からは太いケーブルが何本ものびていて、砂の中に半分ほど身を隠している指揮車、通信車と繋がっていた。
アゾニアは偽装網の隙間から、双眼鏡で前方を見た。はるか彼方にドルシラの落とした煙幕が白い壁を作っている。砂漠の熱気で空気が揺れ、それ以外は何も見えない。
が、戦況は観測員と戦闘部隊の報告を通して次々と伝わってくる。ソルダムは善戦しているようで、敵の防御にはすでに穴ができつつあるようだ。手薄になった箇所があれば、そこからコンテナをいくつかかすめ取る算段だ。
しかし一方、ランは作戦卓を厳しい表情で凝視していた。
「おかしい…航空部隊はもっと出撃してるはずなのに…」
「まだ上空で待機している部隊があるってのか」
アゾニアはオペレーターの一人を見た。
「レーダーには、何も」
「別方向から回り込む気かもな…」
「……」
ランは唇に指を当て、短い思考をした。もし敵が後方に回り込んで挟み撃ちをかけようとしても、煙幕に阻まれる。
「まさか…ね…」
「隊長!あれを!」
突然、外から声がした。監視員の指す方角、ゆるい丘陵の向こうに煙が立ち昇っているのが見える。
「ドルシラの方だ!」
「やられたのか!?」
双眼鏡を構えようとしたアゾニアの耳に、ドルシラの怒鳴り声が雑音交じりに飛び込んできた。
「アゾニア、聞こえるかい!?」
「ドルシラ!どうした、無事か」
「二号ポッドがやられた!」
「……!」
「奴ら、いきなり現れて攻撃していきやがった」
「煙幕は今のまま保てるか」
「ああ、なんとかね」
「もう捕まるなよ!」
「分かってるよっ!」
通信を終えると、ドルシラは苛立たしげに砂まじりの唾を吐き、駆け回る部下達に向かって声を張り上げた。
「ボヤボヤするんじゃないよ!すぐに次の射撃用意だ」
「ティーラがやられた!」
その時、悲痛な声が響いた。
「なにィ!?」
「観測点と連絡が取れない。煙も上がってる」
監視の兵を押しのけるように高台に上がったドルシラは、愛用の双眼鏡を覗くと、怒りの牙をむき出した。
「奴ら…!」
黒煙と、その間から噴き出す炎が、彼方の丘を不気味に彩り、最も信頼する部下の死を物語っていた。
歯噛みするドルシラに、上官の声が聞こえた。
「ドルシラ、落ち着け。第二観測点から連絡いかせる。いいな」
「了解…」
ドルシラの呻きにも似た、押し殺した声を聞きながら、アゾニアは厳しい表情で通信を切った。
「ただ守ってるだけじゃない。奴ら、攻勢をかける気だ…」
傍らの記録参謀が低くつぶやくのが聞こえた。悔しいのであろう。この少女にしては珍しく、眉の間に溝を刻み、赤い瞳を爛々と光らせている。
「……」
アゾニアの薄水色の瞳がわずかに揺れた。
いくつもの計算と葛藤が寸時に頭脳を駆け抜けた。これまで一貫して守りの姿勢でいた地球人の反撃。それが戦いを好む彼女の血を煽ってしまったことは否めない。
ランは上官を横目で見上げ、小さく首を振った。引こう、の意だ。
「敵はドルシラに目をつけてる。ロケットは発見されやすいよ」
地球人は主要戦力であるロケットポッドを潰しにかかった。そうランは判断した。すでに食料を手に入れるためとしては、安くない代償を払ってしまった。このままでは赤字になる。
しかし、アゾニアの下した決断は、ランの予想を裏切った。
「予備兵力の第三小隊を出す。あたしも出る」
「えっ!?」
驚くランを尻目に、アゾニアはフィムナに向き直った。
「フィムナ、指揮権を預ける。ランをサポートしてやってくれ」
「アゾニア…」
「そんな!やめて」
なおも食い下がる記録参謀に、女戦士は真剣な目を向けた。
「ドルシラなら逃げ切れる。それより、ここで出し惜しみしたら、元も子もなくなる。一機でも多いほうがいい」
アゾニアは装甲服のヘルメットをかぶった。
「いいか、指揮車の中にいろよ」
不安げなランを背に、アゾニアは指揮所から飛び出し、丘の裏手のバトルスーツの待機場所まで駆けた。
バトルスーツ、ディルクラン・ドゥ15機がうずくまり、出番を待っていた。アゾニアはそのうちの一機に身を包むと叫んだ。
「第三小隊、出撃!」
バトルスーツは一斉に岩陰を飛び出した。ロケットバーニアを噴かし、砂漠の上を滑るように、戦場へと向かって突き進んでいく。
「ジャッカルワン、敵砲撃陣地攻撃に成功、ロケット発射機一機を撃破。続いて観測点らしきものを発見。これを攻撃しました」
司令センター内に静かなどよめきが起こり、作戦図には撃破した敵陣の印がともった。
一瞬の間をおき、それまで身じろぎすらしなかったエキセドルが顔を上げた。
「座標458、705の312台地付近を中心に走査してください」
「了解」
オペレーター達が、すぐさまエキセドルの指示した座標に向け、観測機器の照準を合わせる。
「該当地区の映像です」
モニターに高高度から撮影された地上の様子が映し出された。
砂の大地の上に、黒っぽい塊のようなものが点在している。それはかつての建物の残骸で、映像を見る限り、そこには何もないように見える。
「赤外線探査、地表温度が60度を超えています。探査不能です」
「金属反応はどうか」
「レベル2程度の反応が点在しています。おそらく建物残骸の鉄骨によるものと思われます。が、わずかですが、反応が集中している箇所があります」
「データをクリアにして映像化できるか」
「やってみます」
スクリーン上に画像化して取り出されたデータが、オペレーターが端末を操作するにつれ、その輪郭を鮮明にさせてくる。
エキセドルは低く唸った。彼にはそれが何のシルエットかは一目瞭然であった。
「間違いありません。ここに向かってください」
ドールは軽く息を吸い込んだ。
「敵の本拠を発見。パンサー第一、第二小隊、ポイント座標、453、692へ向かい、これを占拠せよ」
「了解」
パンサー隊はアランの率いる部隊である。六機のバルキリーは急降下を開始した。一挙に高度を下げ、超低空飛行で目標地点まで接近するのだ。
アランは部下達に注意喚起した。
「いいか、目標の特徴をもう一度確認する。目標は他のゼントラーディ人に比べて極端に体格が小さい。尚、以下は不確定要素であるが留意するように。性別、女。年齢、十台後半。髪の色、赤。以上!」
続いてドールは命令を下した。
「パンサー第三、第四小隊は座標477、230に降下、着地して展開。じ後の指示を待て」
ドールの指示した地点は、今、戦闘が行われている地点と、発見した指揮所を結ぶ線上のほぼ中間にあたる。
「その地点からですと、攻撃には遠すぎます」
「攻撃をかける必要はない。別命あるまで待機せよ」
「イエス・マァム」
「…待ち伏せですかな?」
エキセドルは顔を上げることなく問うた。質問というより、確認であった。
「時間を…少しでも確保せねばなりませんから」
ドールの瞳は相変わらず鋭く燃えていたが、その表情はどこか悲しげであった。
「何か聞こえます!」
監視役の兵士が指揮車の外から叫んだ。が、兵士が報告するまでもなく、指揮所の全員が、不気味に迫り来る轟音を耳にしていた。
「なに…?」
轟音は確実に近づいてくる。ランは不安にかられた目で、開け放たれた指揮車の後部ハッチから外を覗こうとした。
「参謀!」
「敵だーッ」
フィムナの声と兵士の叫び、耳をつんざく爆音、そして激しい振動が重なった。指揮車の全員が、もんどり打って倒れ、またシートから投げ出された。
「な……!?」
必死に起きあがろうともがいたランの肘に、何か柔らかいものが当たった。フィムナが咄嗟に彼女の体を抱きかかえて衝撃から守ったのだ。でなければきっと車外に放り出されていただろう。
「…さ、参謀…立てますか?」
下敷きになりながらも、フィムナは上官の身を気遣った。
兵士らが駆け寄り、二人を助け起こす。
「敵襲です。操縦席がやられました。早く外へ!」
その声が終わらぬうちに、再び振動が彼らを襲った。閃光と破裂音と砂が、開いたままのハッチから襲い来て、ランは思わず身を強張らせる。
「早く!」
フィムナに抱えられるように、ランは外へ出た。その彼女の目に、待機のリガード二機が炎上しているのが飛び込んできた。熱気で揺れる空気、飛び交う兵士の怒号、そして浮かび上がる鉄の敵兵。
「……!」
赤い髪の少女は息を飲んだ。戦場ははるか彼方のはずであった。
「無理なのか?」
「無理じゃないけど…時間がかかる」
記録参謀は気を悪くしたようだった。
「何かあるのかな…」
アゾニアは興味を持ったが、このときはこの話はそれまでであった。が、数日後、興奮したランが指揮天幕に飛び込んでまくしたてた。ここからさらに東へ行ったところにゼントラーディの墜落戦艦があり、保管していた物資を運び出す予定らしいという。
戦艦があるらしいことは、彼らも知ってはいた。が、そのように物資を保管していたとは全くの初耳であった。
「何で、今頃になって物資を動かすんだ…」
「俺達を警戒してだろ、決まってる」
女ボスの疑問に、ケティオルが答えた。このところ、街を襲っても手に入る食糧が減ってきていた。軍の指導によって、どの街でもあまり余剰な食糧を備蓄しないようにしているのだ。
「運び出して、持ってく先は?」
「アレクサンドリア・シティから輸送機に積み替えるみたい。でもその先は分からない」
「街までは行ってほしくないよな…」
アゾニアは作戦卓を操作し、地図を呼び出した。
アレクサンドリア・シティの基地は大きく、駐屯する兵力もそれなりのもので、できればまともに相手にはしたくない。
「何もねぇ所だな」
地図を覗きこみながら、ケティオルが言った。
ランは地図の上に身を乗り出して説明した。ゼントラーディの中型コンテナをも運べる特大型トレーラーが、百台以上も首都のマクロス・シティから運び込まれているという。
「これだけの規模の輸送部隊だから、少なくともデストロイドの二個中隊はついてくる。それにニュー・バルナ・シティには航空部隊の動きもあるし」
「……」
指揮天幕の中の誰もが、この輸送団の戦力、戦うに必要な戦力、失われるかも知れない戦力、そして得られるかも知れない物資の量について、それぞれの基準で計算を開始した。
投資に見合うだけの収益がなければ、攻撃を仕掛けても意味はない。ここにいる者は皆、きわめて合理主義なのだ。
「やろうよ。いけるよ」
しばしの沈黙の後、勢いよく顔を上げたのはドルシラであった。
「あたいが煙幕を作ってやる」
あまり感心しないという風に、アゾニアが口を開いた。
「奴らはあたしたちが来ることを前提に部隊を構成するはずだ。空からの援護が絶対にある。低空から来られたら見つけにくいぞ」
「アゾニア自慢のSAMだろ?そのぐらい見つけろよ」
部下の煽りに、アゾニアはキッと顔を上げた。
「お前の心配をしてやってるんだ。こんなだだっ広い所で、空から来られてみろ」
「ここ、ここなら隠れられるって」
砂漠にまばらに散らばる台地を、ドルシラは指した。
「……」
「黙って指くわえて見てろってのかい?」
彼女が苛立つのも無理はない。武器弾薬はともかく、食料は不足気味であった。
その理由は他でもない。戦艦アルタミラへ積み込む備蓄用として、手に入れた食料の多くをそちらに回していたためである。
反応エンジンが稼働すれば、艦の食糧簡易生産システムが使えるが、それでも最低限の備蓄は確保しておきたい。
「…とにかく、まだしばらく時間はある。とりあえず斥候を出して敵の様子を見ておくのもいいんじゃないか」
結局、一番建設的なソルダムの提案が取り入れられ、偵察リガードが東へと向かった。
ところがさらに数日後、事態は意外な方向に進展した。
またしてもランが、大慌てでアゾニアの元に転がり込んできたのだ。
「奴ら、輸送の日を前倒しする気だよ!」
「なんだって…」
「10日も早くなっちゃう。地球暦の15日だって…」
「明後日じゃないか…」
「どうしよう。襲撃するんなら、準備にかからないと」
追い立てるような視線がアゾニアを見つめた。
「……」
勝算がないという訳ではない。今いち踏ん切りがつかないのも、特に確たる理由がある訳ではなかった。ただ、なんとなく何かが彼女の野生の勘に引っかかっていただけなのだ。
しかしもう今は時間がなかった。
アゾニアは当直の兵を呼ぶと、こう伝えた。
「…みんなを集めてくれ」
まだ空が白む前の早朝。砂漠の乾いた空気は刺すように冷たい。
大地に半分ほどもその身を埋め、息絶えたゼントラーディの戦艦。巨大な墓標だけがたたずむ生命のない地に、百以上のディーゼルエンジンの立てる音と、忙しく走り回る兵士たちの白い息が、ひと時の喧騒を与えていた。
「前哨隊、前へ!」
警戒部隊である前哨隊、続いて前衛小隊。装甲車、デストロイド・スパルタン、トマホークから成る隊列が動き出した。
粗い砂礫に覆われた、固く乾いた地面を鋼鉄の足が踏みしめるたび、白い埃が舞い上がる。
それに続き、トレーラー部隊が一台ずつ、巨体を引きずって動き出した。その側方にはデストロイド部隊が付き添い、警戒の目を光らせる。
片側四車線の道路は無駄とも思える広さであるが、ゼントラーディのコンテナを載せた車体は、そのうち三車線分の幅を占領した。もっとも、この砂漠の道を利用する車両など、日に数台程度であるのだが。
輸送第一梯隊、第二梯隊、そして最後尾に後衛小隊が続く。輸送本隊だけで5km以上に及ぶ大部隊である。
おごそかなその行列を、息をひそめて見守る視線があった。
地面から潜望鏡のように突き出した、偵察リガードのカメラ・アイである。
その頃、砂漠の上空にはニュー・バルナ・シティの統合軍基地から飛び立った大型哨戒機、ディスク・センサーの姿があった。各種探査システムを搭載し、はるか上空から数百キロ先の敵陣まで監視の目を光らせる、統合軍の誇る"空飛ぶ司令部"である。
数多くのオペレーションブースが並び、地上の基地にも見劣りしないコマンドセンターの中央にドール・マロークス中佐は陣取り、眼前のモニター群を睨んでいた。
制服姿ではあるが、通常のタイトスカートではなくスラックスを身に着けている。仁王立ちとなって腕組みをする姿は、彼女がゼントラーディの指揮官であった頃を彷彿とさせた。
その傍らに立つ記録参謀エキセドルは、指揮官以上に落ち着き払い、モニター群に表示される情報に目を配っていた。
中央スクリーンの作戦図上には、地上部隊の様子が示されている。
そこにはまだ何の異常も、その予兆もない。しかしこの砂漠地帯のどこかに、息をひそめて獲物を狙っている狼の群がいるはずだ。
「これだけ警戒してりゃ、ゼントラーディ人どもは襲ってこないだろうよ」
車列の一番先頭を走るトレーラーの車長が、運転手に向かって語りかけた。
「今回はバルキリー隊の支援もあるんでしょう?」
「ああ、上空で待機しているはずだ。もし万一奴らが来ても、すぐ駆けつけて追っ払ってくれるさ」
車長は空を見上げた。
彼ら輸送隊の隊員はもとより、士官達もこの作戦の真の目的を知っている者はごく少数であった。
余裕の雰囲気の輸送部隊とは逆に、護衛の陸戦部隊には、緊張の糸が張りつめていた。
隊列の前方を守る前衛小隊の指揮官は、装甲車のハッチから上半身を出し、双眼鏡で周囲を見渡すと、果てしなく広がる荒野に向かって毒づいた。
「さて…巨人どもめ…どこからでも来やがれ…」
時刻はすでに朝の時間帯を過ぎ、容赦なく照りつける砂漠の太陽が大地と周囲の空気を焼き、気温は急激に上昇していった。
噴き出した汗が顔の横を伝い、滴り落ちて装甲板の上で一瞬のうちに蒸発する。
その時、唸るような音が後方の空に走り、鈍い振動が伝わってきた。
「何事だ!」
振り返ったはるか後方に、白い煙がもくもくと立ちのぼっている。
「敵襲だ!」
「後方、およそ8000」
「あれは…煙幕弾だ!」
その瞬間、蜂の羽音にも似た、空気が切り裂かれたかのような短い音が上空を走り、装甲車の真上で何かが弾けた。
たちまち、辺りは高温の地獄と化した。
ディスクセンサーのモニターに赤い光の点がともり、電子音が鳴り響いた。
「前衛小隊、敵と接触!」
「ロケット攻撃です!前哨隊通信途絶。前衛小隊、IFV三、デストロイド四、撃破されました」
翡翠色の瞳が燃えた。
「命令を伝える!」
びりびりとした空気の振動が、その場の全員の耳を打った。
「デストロイド各隊、砲撃用意。バルキリー、リンクス、オックス各飛行隊は敵部隊への対地攻撃の後、地上展開してデストロイド隊を支援せよ。残りの戦力は待機とする。事後の命令を待て」
決して大きすぎる声ではない。が、まるで声そのものがエネルギーであるかのように、聞く者のはらわたに直接響き、皆、電流が流れたように背筋を伸ばした。
「イ…イエス・マァム!」
雷に打たれたかのように硬直していたオペレーターの一人が、やっと我に返って復唱すると、残りの者達も次々に声を上げた。
「イエス・マァム!」
「イエス・マァム!」
エキセドルだけが、表情を変えることなく、口の端だけを僅かに上げたようだった。
作戦パネルの地図上に、次々と敵を示す赤い符号が表示されていく。
「第一梯隊と第二梯隊の間に遮断煙幕を確認。幅約1000」
「バトルスーツおよび戦闘ポッド接近。40ないし50。第一輸送梯隊の南方20km、攻撃正面約4000」
「デストロイド隊への射撃誘導データを送れ」
「了解」
スクリーンの中の赤い光点は横に広がりながら、道路上の輸送部隊目掛けて突き進んでくる。
それを睨みながら、エキセドルは冷静につぶやいた。
「最高レベルの暗号を、よくぞ解いてくれました…あなたの部下は優秀な方のようだ…」
「……」
今回の輸送計画において、統合軍は情報を意図的にリークするような事は一切しなかった。そのような事をしても、その不自然さは必ず見抜かれ、かえって警戒を呼んでしまう。
隠そうとすることで、より相手の注意を引く。人間の心理を逆手に取った、エキセドルの作戦であった。
移送日を前倒ししたのは、その仕上げとも呼ぶべきものであった。相手を焦らせ、考える余裕を与えないようにしたのである。
一方、作戦の核となる部分については、情報のやりとりは通常の回線を使わず、統合戦争前以前に敷設されていた、地球全土に張り巡らされた地下ネットワークの有線回線が使用された。
ボドル基幹艦隊の攻撃でその多くが破壊されたが、まだ充分に機能を果たすことができ、また秘匿には却って都合がよかった。
「砲撃地点の逆探知成功!」
作戦図に、新たに赤い円が表れた。
「ジャッカル第一、第二小隊、低空より侵入して対地攻撃をかけよ」
「了解」
ディスク・センサーを取り巻いていたバルキリーの一部が、群れを離れて地上へと降下していく。
「第一中隊、前方9500、射撃用ー意」
散開して身構えるデストロイド・トマホークが、はるか前方の地平線を睨み据える。砂漠の向こうから迫り来るゼントラーディのポッド群は、わずかに巻き上がる砂煙によって確認できるのみである。通常のゼントラーディ軍の攻撃と違い、長距離ビームによる攻撃がないのは、トレーラーの貨物が傷つくのを恐れているからであろう。
そこに突如、着弾音と共に地面が弾けた。独特の臭気と、白い煙がデストロイド隊の前方に壁を作っていく。
「煙幕です、隊長!」
「構うな!上空からの誘導がある!てーっ!!」
トマホークの両肩のランチャーから、一斉に打ち出されたロケット群は、光の尾を引いて白煙の向こうに飛び込んで行く。
爆発音に混じって、金属のひしゃげる音が鳴り響いたようであったが、確認することはできなかった。その煙から突如、巨大な影が姿を現した。リガード、ヌージャデル・ガー、そしてより大型のバトルスーツ、ディルクラン・ドゥ、機種はまちまちだが、統制のとれた動きで攻撃を開始する。
トマホークの砲列が火を噴き、たちまち猛烈なエネルギーの応酬となった。
「アゾニア、予定どおり接近戦に持ち込んだ。トレーラーはその後ろだ。退避を始めている」
バトルスーツ、ヌージャデル・ガーを駆り、戦闘部隊を率いるソルダムが本部へと報告した。
「あまり欲をかくなよ。周囲の敵を排除したら、4、5両でいい。引っ張ってこい」
「了解」
ソルダムはにやりと笑い、バトルスーツのハンドキャノンを撃った。
ビームを浴びたトマホークが火球に包まれる。
「ニブイよな、コイツは」
勝ち誇るソルダムの耳に、再びアゾニアの声が入ってきた。
「ソルダム、敵の航空部隊が接近してる。SAMが攻撃に入るぞ」
「了解!」
ソルダムがインカムのチャンネルを変えると、SAM部隊とアゾニアとのやりとりが飛び込んだ。
「高度60!20ないし25機だが、妨害がひどい。目視計測器を併用しているが、ミサイルへの入力データの精度が落ちる」
「かまわん、ブッ飛ばせ!」
「発射!」
その通信を聞くと同時に、ソルダムは口の中で数を数えだした。
数える間、彼はもう一機敵を倒し、SAM部隊からの「五機撃墜!」という報告を聞いた。
「五機かよ!」
正確に20数えたところで、ソルダムは通信機を怒鳴りつけた。
「よし!全機さがれ!」
絶妙のタイミングであった。ソルダムと彼の率いる装甲歩兵隊が滑るように後退し、煙幕の中に戻るのと、斜め前方から現れたバルキリー隊が地表に向けて放ったミサイルが、囮の熱源めがけて殺到したのはほぼ同時であった。
ミサイルを撃ちはなったバルキリー隊は次々に着地すると、ガンポッドを構えた。
白煙の中からバトルスーツが再び姿を現し、銃撃を加えるとすかさずまた煙の中へさっと下がる。
「ええい、巨人ども!」
バルキリーのパイロットはいまいまし気に吐き出した。その横で、同僚の機体がエネルギー弾に射抜かれ、四散する。
たかだか残存勢力と思っていた敵に、他の部隊があれほど手を焼きつづけた理由が、このパイロットには今、はっきりと分かったのだった。
「ウルフハウンド!ジャッカルワン、敵砲撃陣地らしきものを発見。しかし敵はすでに移動しているようです」
ディスク・センサーの司令センターに、ジャッカル隊隊長の声が響いた。
「了解」
ドールは大して表情を変えるでもなく、その報告を受け取った。砲兵部隊は敵の攻撃を避けるため、常に陣地を変えるのが普通である。
むしろ、今回の作戦においてはなるべく多くの陣地をあぶり出す必要がある。相手には極力逃げ回り、足跡を残して欲しいところだ。
「新たな砲撃地点を逆探!」
オペレーターの報告を受けたドールは、再びの攻撃をジャッカル隊に命じた後、エキセドルの方を見た。
記録参謀は顔を作戦図に向けつつも、目はどこか焦点の合わない、うつろな表情をしていた。これは彼らが強く意識を集中させている証拠である。
ドールは思考の邪魔をするまいと、黙って顔を戻した。
アゾニアの指揮所は、戦場をはるか遠くに臨むなだらかな丘にあった。あたりにはかつての建造物の残骸が立ち枯れた木のように、かなりの広範囲にわたって散らばっている。
その廃墟の中に、指揮所は巧みに隠されていた。比較的形状が残っているビルの残骸に身を寄せて、特殊繊維の偽装網が箱形に張られ、周囲の景色に溶け込んでいる。作戦卓といくつかの機械類を並べただけの簡素な司令部である。
それらの装置からは太いケーブルが何本ものびていて、砂の中に半分ほど身を隠している指揮車、通信車と繋がっていた。
アゾニアは偽装網の隙間から、双眼鏡で前方を見た。はるか彼方にドルシラの落とした煙幕が白い壁を作っている。砂漠の熱気で空気が揺れ、それ以外は何も見えない。
が、戦況は観測員と戦闘部隊の報告を通して次々と伝わってくる。ソルダムは善戦しているようで、敵の防御にはすでに穴ができつつあるようだ。手薄になった箇所があれば、そこからコンテナをいくつかかすめ取る算段だ。
しかし一方、ランは作戦卓を厳しい表情で凝視していた。
「おかしい…航空部隊はもっと出撃してるはずなのに…」
「まだ上空で待機している部隊があるってのか」
アゾニアはオペレーターの一人を見た。
「レーダーには、何も」
「別方向から回り込む気かもな…」
「……」
ランは唇に指を当て、短い思考をした。もし敵が後方に回り込んで挟み撃ちをかけようとしても、煙幕に阻まれる。
「まさか…ね…」
「隊長!あれを!」
突然、外から声がした。監視員の指す方角、ゆるい丘陵の向こうに煙が立ち昇っているのが見える。
「ドルシラの方だ!」
「やられたのか!?」
双眼鏡を構えようとしたアゾニアの耳に、ドルシラの怒鳴り声が雑音交じりに飛び込んできた。
「アゾニア、聞こえるかい!?」
「ドルシラ!どうした、無事か」
「二号ポッドがやられた!」
「……!」
「奴ら、いきなり現れて攻撃していきやがった」
「煙幕は今のまま保てるか」
「ああ、なんとかね」
「もう捕まるなよ!」
「分かってるよっ!」
通信を終えると、ドルシラは苛立たしげに砂まじりの唾を吐き、駆け回る部下達に向かって声を張り上げた。
「ボヤボヤするんじゃないよ!すぐに次の射撃用意だ」
「ティーラがやられた!」
その時、悲痛な声が響いた。
「なにィ!?」
「観測点と連絡が取れない。煙も上がってる」
監視の兵を押しのけるように高台に上がったドルシラは、愛用の双眼鏡を覗くと、怒りの牙をむき出した。
「奴ら…!」
黒煙と、その間から噴き出す炎が、彼方の丘を不気味に彩り、最も信頼する部下の死を物語っていた。
歯噛みするドルシラに、上官の声が聞こえた。
「ドルシラ、落ち着け。第二観測点から連絡いかせる。いいな」
「了解…」
ドルシラの呻きにも似た、押し殺した声を聞きながら、アゾニアは厳しい表情で通信を切った。
「ただ守ってるだけじゃない。奴ら、攻勢をかける気だ…」
傍らの記録参謀が低くつぶやくのが聞こえた。悔しいのであろう。この少女にしては珍しく、眉の間に溝を刻み、赤い瞳を爛々と光らせている。
「……」
アゾニアの薄水色の瞳がわずかに揺れた。
いくつもの計算と葛藤が寸時に頭脳を駆け抜けた。これまで一貫して守りの姿勢でいた地球人の反撃。それが戦いを好む彼女の血を煽ってしまったことは否めない。
ランは上官を横目で見上げ、小さく首を振った。引こう、の意だ。
「敵はドルシラに目をつけてる。ロケットは発見されやすいよ」
地球人は主要戦力であるロケットポッドを潰しにかかった。そうランは判断した。すでに食料を手に入れるためとしては、安くない代償を払ってしまった。このままでは赤字になる。
しかし、アゾニアの下した決断は、ランの予想を裏切った。
「予備兵力の第三小隊を出す。あたしも出る」
「えっ!?」
驚くランを尻目に、アゾニアはフィムナに向き直った。
「フィムナ、指揮権を預ける。ランをサポートしてやってくれ」
「アゾニア…」
「そんな!やめて」
なおも食い下がる記録参謀に、女戦士は真剣な目を向けた。
「ドルシラなら逃げ切れる。それより、ここで出し惜しみしたら、元も子もなくなる。一機でも多いほうがいい」
アゾニアは装甲服のヘルメットをかぶった。
「いいか、指揮車の中にいろよ」
不安げなランを背に、アゾニアは指揮所から飛び出し、丘の裏手のバトルスーツの待機場所まで駆けた。
バトルスーツ、ディルクラン・ドゥ15機がうずくまり、出番を待っていた。アゾニアはそのうちの一機に身を包むと叫んだ。
「第三小隊、出撃!」
バトルスーツは一斉に岩陰を飛び出した。ロケットバーニアを噴かし、砂漠の上を滑るように、戦場へと向かって突き進んでいく。
「ジャッカルワン、敵砲撃陣地攻撃に成功、ロケット発射機一機を撃破。続いて観測点らしきものを発見。これを攻撃しました」
司令センター内に静かなどよめきが起こり、作戦図には撃破した敵陣の印がともった。
一瞬の間をおき、それまで身じろぎすらしなかったエキセドルが顔を上げた。
「座標458、705の312台地付近を中心に走査してください」
「了解」
オペレーター達が、すぐさまエキセドルの指示した座標に向け、観測機器の照準を合わせる。
「該当地区の映像です」
モニターに高高度から撮影された地上の様子が映し出された。
砂の大地の上に、黒っぽい塊のようなものが点在している。それはかつての建物の残骸で、映像を見る限り、そこには何もないように見える。
「赤外線探査、地表温度が60度を超えています。探査不能です」
「金属反応はどうか」
「レベル2程度の反応が点在しています。おそらく建物残骸の鉄骨によるものと思われます。が、わずかですが、反応が集中している箇所があります」
「データをクリアにして映像化できるか」
「やってみます」
スクリーン上に画像化して取り出されたデータが、オペレーターが端末を操作するにつれ、その輪郭を鮮明にさせてくる。
エキセドルは低く唸った。彼にはそれが何のシルエットかは一目瞭然であった。
「間違いありません。ここに向かってください」
ドールは軽く息を吸い込んだ。
「敵の本拠を発見。パンサー第一、第二小隊、ポイント座標、453、692へ向かい、これを占拠せよ」
「了解」
パンサー隊はアランの率いる部隊である。六機のバルキリーは急降下を開始した。一挙に高度を下げ、超低空飛行で目標地点まで接近するのだ。
アランは部下達に注意喚起した。
「いいか、目標の特徴をもう一度確認する。目標は他のゼントラーディ人に比べて極端に体格が小さい。尚、以下は不確定要素であるが留意するように。性別、女。年齢、十台後半。髪の色、赤。以上!」
続いてドールは命令を下した。
「パンサー第三、第四小隊は座標477、230に降下、着地して展開。じ後の指示を待て」
ドールの指示した地点は、今、戦闘が行われている地点と、発見した指揮所を結ぶ線上のほぼ中間にあたる。
「その地点からですと、攻撃には遠すぎます」
「攻撃をかける必要はない。別命あるまで待機せよ」
「イエス・マァム」
「…待ち伏せですかな?」
エキセドルは顔を上げることなく問うた。質問というより、確認であった。
「時間を…少しでも確保せねばなりませんから」
ドールの瞳は相変わらず鋭く燃えていたが、その表情はどこか悲しげであった。
「何か聞こえます!」
監視役の兵士が指揮車の外から叫んだ。が、兵士が報告するまでもなく、指揮所の全員が、不気味に迫り来る轟音を耳にしていた。
「なに…?」
轟音は確実に近づいてくる。ランは不安にかられた目で、開け放たれた指揮車の後部ハッチから外を覗こうとした。
「参謀!」
「敵だーッ」
フィムナの声と兵士の叫び、耳をつんざく爆音、そして激しい振動が重なった。指揮車の全員が、もんどり打って倒れ、またシートから投げ出された。
「な……!?」
必死に起きあがろうともがいたランの肘に、何か柔らかいものが当たった。フィムナが咄嗟に彼女の体を抱きかかえて衝撃から守ったのだ。でなければきっと車外に放り出されていただろう。
「…さ、参謀…立てますか?」
下敷きになりながらも、フィムナは上官の身を気遣った。
兵士らが駆け寄り、二人を助け起こす。
「敵襲です。操縦席がやられました。早く外へ!」
その声が終わらぬうちに、再び振動が彼らを襲った。閃光と破裂音と砂が、開いたままのハッチから襲い来て、ランは思わず身を強張らせる。
「早く!」
フィムナに抱えられるように、ランは外へ出た。その彼女の目に、待機のリガード二機が炎上しているのが飛び込んできた。熱気で揺れる空気、飛び交う兵士の怒号、そして浮かび上がる鉄の敵兵。
「……!」
赤い髪の少女は息を飲んだ。戦場ははるか彼方のはずであった。
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