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TVアニメ「超時空要塞マクロス」の二次創作を公開しています。
§21 二人の記録参謀
 手痛い失敗といえた。二度までも敵を追いつめながら、寸でのところで逃げられてしまったのだ。
 しかしドールは落ち着き払った様子で、腕を組み、真っ直ぐに前を見据え、動揺の素振りなど見せることは微塵もない。それは彼女がこれまでの人生で身につけてきた、自然の態度であった。
 そんな指揮官の姿を見ながら、エキセドルはさすがだな、と思った。
 彼の上官であったブリタイも無論そうであったが、それでも若い頃はそれなりに感情を露わにしてしまう事もあった。
 この若さでこれだけの平常心を身につけているということは、やはり彼女が分岐艦隊の第一位、レグナル級を率いていたという、そのことなのだろう。

 電磁パルスの影響が収まると、ディスク・センサーは索敵を再開した。護衛のバルキリー隊は再び交代し、今また補給を終えたアランのパンサー隊が加わっていた。
「彼らの逃走経路を追えるか」
 ドールは静かに言葉を発した。
「はい、微量の残留熱量が検出されましたが、二手に分かれた後、双方とも途切れています」
 作戦図上に、東へと向かって伸びる二つに分かれた線が映し出された。
 双方とも、ゆるい起伏の合間を縫う、身を隠しながら進むには適したルートである。
「どちらかが囮でしょうね」
 幕僚の一人、陸軍のレオナルド・モロッツィ少佐が見解を述べた。
「…どちらも囮、ということもあり得ます」
 それに対し、エキセドルが口を開いた。
「自らも影響を受ける電磁パルス弾まで使っておきながら、このような足跡を残すなど、なんとも彼ららしくない…」
 エキセドルはいかにも気に入らない、といった風に、眉間に皺を寄せた。
「では…」
「彼らがとり得るルートは、ここにもう一つあります」
 彼は指を動かし、作戦図をなぞった。それは南へと向かうルートで、砂漠を突っ切り、その先の山岳地帯へと向かっている。
「しかし、このルートは隠れる場所が少ないですよ。間もなく夜が明けますし…」
「いや、だがこの辺りは日中、砂嵐が起こる…エキセドル参謀、彼らはそれを利用しようと?」
 若手スタッフの反論をモロッツィはおさえた。彼は、今の統合軍には数少ない、陸戦のプロである。
「さよう。この指揮官は大変用心深い反面、時として驚くほど大胆です。あなたもそうですが、二つの痕跡を見れば、普通はどちらかが本物だと考える。つまり、彼らとしては、我々がそのどちらを追っても構わない。それなりの仕掛けがあるということです…」
「なるほど…」
 モロッツィは顎をなでると、指揮官の顔を仰ぎ見た。
「私もその案を支持しますが。中佐」
 ドールはすぐには言葉を発しなかった。
「…確かに…この指揮官ならそうかも知れません…ですが…」
 しばしの奇妙な沈黙が流れ、士官の一人がちらりと指揮官の様子を窺った。
 ドールはやや俯き、考えた。
 彼女の心は過去へと遡る。
 かつてよく二人で、このような議論を交わしたものだ。彼我の行動の可能性、敵の行動をどう読むか…
 戦闘のない時はそのような話をして過ごすことが多かった。パートナーとの議論は楽しく、時には寝るのを忘れて語り合ったものだ。
「…方針を述べます」
 ドールは顔を上げた。翡翠色の瞳が、真っ直ぐに前へ向けられた。

* * *

 野営地を脱出したアゾニアの本隊は、丘陵地帯を疾走していた。
 夜のうちに少しでも遠くへ移動し、統合軍の追撃をかわさねばならない。
 計器類だけが光を放つ、薄暗い通信車の中で、ランは記録参謀の手の内についてぽつぽつと説明した。
「思考のトレースっていうのは、言ってみれば相手の考え方をうまく真似することなんだ…」
「そりゃ、相手ならどうするか、って考えるのは、戦術の基本だろ」
「そういうんじゃないよ。それは想像してるにすぎないの。トレースっていうのは…もっとこう…」
 そこまで言ったが、当の記録参謀も言葉では説明し難いようだった。
「…とにかく、ものすごい集中力が必要なんだ。記録参謀でなければ絶対にできないよ」
 断言すると、ランは下を向いた。
「私達はこれまで、たくさんの戦いをしてきた。それだけ敵にたくさんのパターンを提供してしまったということなんだよ…」
 赤い前髪の下で、赤い眉毛が悔しげに歪んだ。
「…まさか…敵の中に…」
「……」
 その気持ちは、アゾニアも全く同じであった。
 同胞が地球人に手を貸し、自分達を追っている。誇り高い彼女にとっては、自らが敗れたのと同じ屈辱であった。
 だが、アゾニアのもう一方の側面は、この不可解な事実を極力客観的に理解しようと懸命の努力を続けていた。
 なぜ地球人は、作戦の中枢にかかわるポジションを、昨日まで敵であった人間に任せるようなことができるのだろうか。
 彼らが洗脳を受けていないこと、地球人から拘束や虐待を受けていないことはすでに分かっている。
 ということは、彼らは自らの意思で、地球人の味方をしているということだ。
「何故だ…」
 これらの者を、卑怯者、裏切り者と断じるのは簡単である。
 しかし、あれだけ大勢の同胞が、地球人たちと混ざって生活しているという現実がある以上、彼らを裏切り者呼ばわりして済む、そんな単純なことではないような気がするのだ。
 何故、彼らは地球人と共に暮らすのだろう。
 珍しいものがたくさんあるからだろうか。
 男女が混ざっているからだろうか。
 また、自分が殺したあの内通者のことが思い起こされた。
――違う、あいつの目は…澄んでいた…
「アゾニア…?」
 黙り込んでしまった女戦士の顔を、赤い瞳が覗き込んでいた。
「あたし達の役目は、アルタミラの修理が終わるまで敵の目を引きつける囮なんだ。あいつらがムキになって追いかけてくる間は、目的は達せられているということさ」
 いかにも心配そうなその表情がどことなく可笑しく、アゾニア表情をほころばせた。

 その時、通信機が緊急音を発した。本隊のはるか前方を走る、戦闘前哨からである。
「戦闘前哨、本部、敵発見!」
 しかし、その声はすぐ激しい雑音にかき消された。ほぼ同時に、彼女らの乗る通信車両の装甲を通して、微かだが不気味な振動が伝わってきた。
 アゾニアはすぐさま反応した。
「敵だ、散れ!」
 軍団はただちに戦闘態勢に入った。武装を持たない車両は山陰や窪地に身を隠し、戦闘部隊は分散して、上から来るであろう敵に対して武器を構える。
 レーダーの画面が乱れたのを見て、アゾニアは叫んだ。
「来るぞ!」
 空気を裂く独特の音と、激しい爆音が襲い来た。車体は大きく揺れ、フィムナは上官をかばうように覆い被さり、うずくまった。
 その頭上で、アゾニアと部下たちの怒号が飛び交う。
「後ろに回り込む気だ。後衛小隊、注意しろ!」
「了解!」
「まだ前から来るぞ!第一小隊は前方に展開して対空迎撃!」
「了解!」
 ランは唇を震わせていた。絶対に敵を出し抜いたはずなのに。驚きと困惑が胸の奥を揺さぶるのを、彼女は必死に押さえつけた。
 そこへまた、地の底から揺さぶられるような振動が襲い来る。
「前方に敵機10から15確認。散開して降下」
「敵は我々を取り囲むほどの数じゃない。引きつけておいて突破するぞ。ラン、脱出しやすそうなルートを探ってくれ」
「わ、わかった…」
 ランの胸中に、先ほどから一つの不吉な予感が去来していた。
 敵の逃走路を確実に割り出し、幾度も攻撃をしかけて相手を消耗させるこの戦法…たとえ逃げられても、深追いはせずに常にその前に回り込み、戦力的よりも、精神的な消耗を敵に強いる。それはかつて、彼女自身がよくやっていたことだ…
「……」
――ドールさんが君を――!
 幻聴のようにその言葉がよみがえり、ランは頭を振った。心臓の鼓動が妙にはっきりと感じられて、気分がよくなかった。

 一方のディスク・センサー内では、敵本隊発見との報告に、軽いどよめきの声が上がっていた。
 ドールが予想した敵の逃走路は、エキセドルの提示した砂漠ルートではなく、残留熱量が残っていた丘陵地帯のルートであった。
 二つの痕跡のうち、地形が適度に複雑で身を隠しやすく、敵への警戒が容易な一本のルートを、彼女は敵の逃走経路と断定した。
「ランはもう、こちらの記録参謀の存在に気付いているはず。なら、指揮官が我々の裏をかこうとすれば、むしろそれを止めるはずだ…」
 若い記録参謀はとかく、相手の裏をかこうと躍起になって知恵を絞る傾向がある。エキセドルはその辺りも計算に入れているはずだが、ドールは違う結論を出した。
 エキセドルは特に反論しなかった。敵中のライバルについて、最も知る者は彼女の方であると分かっているからだ。
「ウルフハウンド、パンサーワン、敵後衛部隊を発見。これを攻撃、撃破!」
 司令センターに、アランの報告が届く。
「了解。敵本隊後方に展開して攻撃せよ」
「イエス・マァム!」

 低空からのミサイル攻撃を行ったアランのバルキリー隊は、敵本隊を飛び越して後方の警戒部隊も撃破し、ガウォークに変型して反転、再びの攻撃準備に入った。
「ミサイル発射と同時に降下。攻撃!」
「ラジャー!」
 夜明け前の、最も濃い闇の中。暗視モニターに足下の地形が映し出されている。急速に接近する敵陣、台地に散開してこちらを狙う、戦闘ポッドやバトルスーツの群れを表す記号。
 ミサイルの発射ボタンに指がかかったその時である。
 前方に飛び出してきた影があった。
「!!」
 低空から来る敵機と相対しようと、バーニアを噴かしてジャンプしてきたヌージャデル・ガーが、ハンドキャノンを構えた。
 アランの頬を死の冷たい手が撫でた。すでに両者は衝突寸前の距離にある。もしかしたらこのバトルスーツは、体当たりしてでも迫る敵機を止めようとしたのかもしれない。
 すべての景色が、妙にゆっくりと動いた。
 アランは咄嗟に自動慣性制御を切り、変形レバーを引いた。機首が急激に折りたたまれ、トルクの力が機体を上方に跳ね上げた。衝突は危ういところで回避されたが、バトロイドとなった機体は空中で大きく縦回転し、バランスを崩してしまった。
「くそっ!」
 以前ドールに教わったやり方で、アランは脚を抱え込み、ボディを丸めて宙返りを打つような姿勢をとった。強烈な遠心力が胸をつぶそうとするのに何とか耐えると、姿勢は安定し、辛うじて無事着地に成功した。
「ふう…何度もはできないな…」
 目眩を振り払いながら、アランは運命の女神とドールに心の中で感謝すると、部下の無事と位置を確認し、地上戦へと移行すべく展開した。
 だが、彼を救った運命の女神の、気まぐれないたずらという他ない。
 このアランのアクロバットを、ある人物が目撃していたのだ。

「……」
 モニターを見ていた赤い髪の少女は、大きな目を見開いたまま硬直させた。乾いた唇が二、三度開閉し、小刻みに震えだした。
「…嘘だ…」
 確かに、モニターが偶然捉えたその敵機は、空中で宙返りしながらバランスをとった。
 その動きは一種独特で、ゼントラーディ軍のパイロットの中でも、ごく少数の者だけが持っている技術だった。
「……」
 ランの体に変異が起きた。体中の血管から血が逆流して頭部に集まり、体は寒さを、頭は熱さを訴えた。脳細胞が一斉にストライキを起こし、瞬間、彼女は記録参謀ではなく、取り乱した一人の少女へと成り果てた。耳障りな雑音は、脳を流れる血液の音だろうか。
「ああっ、参謀!」
 突然聞こえたフィムナの叫びに、振り向いたアゾニアは我が目を疑った。通信車のハッチが開いて、まだ暗い外の空気が見えている。
 そしてその向こうに駆けていく、赤い髪の後姿。
「何やってる!」
 女戦士は血相を変えて叫んだ。外では激しい戦闘が行われている。敵とも味方のともつかない銃弾やビームの光が飛び交っていた。
「戻れ、戻るんだ!!」
 張り上げたアゾニアの声に、激しい音が重なった。
「ラン!!」
 何が起こったのか、その瞬間を目にした者はいなかった。
 ただ次の瞬間、アゾニアの視界の中で、ランの体は宙に浮いていた。そして、そのまま何者かに投げ飛ばされたかのように地面に叩きつけられ、ごろごろと転がって岩の一つにぶつかった。
「参謀!」
「出るな!」
 フィムナが悲鳴をあげ、駆け出そうとするのをアゾニアは腕を引っ張って乱暴に止めると、自らが銃を担いで飛び出し、銃弾が飛び交う中を走っていった。
「おい、おい!」
 倒れている記録参謀の元へと駆け寄ると、その体を抱き起こした。
 小さなその体はぐにゃりとして手応えがなく、アゾニアの心をひやりとしたものが通り抜ける。
 異変に気付いたバトルスーツの兵士が、銃弾の雨の下をかいくぐって駆けつけ、生身の二人の盾となった。
「隊長、早く通信車へ」
「すまん!」
 ランの体を抱え直すと、バトルスーツの陰になりながら、アゾニアは通信車に戻った。
 運び込まれたランは、死んでいない証拠に、かすかなうめき声を上げた。
 しかし、その真っ赤に染まった左脚に、フィムナの顔は蒼く凍った。
「早く止血を!」
 アゾニアが叫ぶそばから、溢れ出した血が床にみるみる広がっていく。
 兵士の一人が、弾帯でランの太股をきつく縛った。
 アゾニアは血に染まったズボンを裂いた。その目に飛び込んできたのは、銃弾か何かの破片によってか、大きくえぐられた脛であった。幸い、骨には達していなかったが、剥き出しになったピンク色の肉から、止まることなく血が噴き出している。
「くそっ」
 アゾニアは兵士からスプレーを受け取ると、傷口に吹きかけた。瞬間的に凍結させて止血するスプレーである。
「バカヤロー、なんだって飛び出したりしたんだ!」
 ランは固く目を閉じ、歯を食いしばり、痛みをこらえるのが精一杯の様子である。
「…あとよろしくな」
 治療用ジェルを当て、包帯を巻くフィムナにアゾニアは言い捨てると、席に戻ろうとした。
 が、その足首を掴む者があった。
「…ア…アゾニア…」
「なんだ、しゃべるな!」
 構わず行こうとしたが、手は足首を掴んだまま放さなかった。
「……」
 アゾニアは困惑の様子で、仕方なしにランのそばにしゃがみこんだ。記録参謀は血の気を失った顔に汗を浮かべながら、懸命に声を絞り出した。
「メルサのSSM隊に…連絡とって…」
「なんだって?」
 女戦士は面食らった。SSM部隊は本隊と離れて行動している。野営地を脱出する際に放った信号弾は、本隊の危機を知らせると同時に、決して動くなという合図である。それを守っているなら、もう300キロは離れているはずだ。
「ミサイルを撃つように…言って…」
「ありゃ虎の子だぞ!?」
 彼女の言うミサイルとは大型の地対地ミサイルのことである。全部で6発しかない、貴重な兵器だ。
「座標ポイントは…287、409…信管はなんでもいい…とにかく撃って…」
「……」
 傷の痛みによるうわごととは思えない。
「なんだってまた…」
「早く!」
 赤い瞳が見開かれ、アゾニアを睨みつけた。
「わ…わかった…言うとおりにするから、休んでろ」
 必死の形相に圧されたアゾニアは立ち上がると、通信手に命じた。
「全方位で発信だ。平文で構わん。SSM全弾発射、目標座標287、409!」

 ディスク・センサーのレーダーが異変を察知したのは、それから間もなくである。
「方位334、約400キロ地点に飛翔物体を確認しました。数、およそ6」
「スピードからいって、大型ミサイルと思われます」
「ミサイルだと…」
 ドールはいぶかった。一体どこを狙おうというのか。その大きさ、速度からいって、対空ミサイルでない事は確かである。
「大変です!ミサイル到達可能地点上に、アレキサンドリア・シティがあります!」
 オペレーターは、指示を求めるようにドールを振り仰いだ。
「……」
 しかしドールはどういう訳か、難しい顔をしたまま、思考を止めてしまったかのように見えた。
 今、ここへきて街を攻撃するとは一体どういうことだろう。思考はごく短い時間であったが、彼女の頭脳の中を空回りした。
「中佐!」
 エキセドルの声にドールははっとなった。
「バルキリー・バイパー隊、迎撃に向かえ!」
「間に合いません!」
 護衛のバルキリー隊に迎撃命令を出したドールの声に、エキセドルの唸りが重なった。今、最もミサイルに近いのは地上にいる攻撃部隊だ。

「地上戦闘中のバルキリー各隊、即時戦闘中止!ポイント489、906、大型ミサイルの迎撃に向かえ、緊急事態である!」
「何事だ!」
 通信機を突き破って飛び出した命令の尋常ならざる雰囲気にアランは叫んだが、命令には体が反射的に反応した。
「アンバー、セーブル!離脱せよ!」
 麾下の小隊が飛び立つのを援護し、アランも急遽戦場を離脱する。
「大型ミサイルだと…一体…」
 バルキリーのミサイルを対空モードに切り替えながら、モニターに送られてくる敵ミサイルのデータを見て、アランの額に冷や汗が浮いた。
「こんなのが街に落ちたらえらいことになるぞ!」
 彼と同じくミサイルを追っているリンクス隊のグエン大尉の声が、ヘッドホンを通して聞こえてきた。
「アラン、君のところはミサイルは何基残ってる?」
「2基ずつだ」
「そりゃラッキーだな。俺のところはゼロだ」
「……」
 アランは思わず空を仰ぎたくなった。
「なに、2かける9で18だ。充分、おつりがくる」
「……理論上はな」
 アランは極力僚友の言葉は耳に入れず、目の前の任務に集中するようにした。
「あれか!?」
 彼らのはるか前方、夜明け前の薄明るい空に、ごく小さな、幾条かの細い光が見えた。
「行け!!」
 バルキリーの翼下から、光の矢が一斉に飛び出す。
 ミサイル群は獲物を追う猟犬のように突き進み、目標の近くまで到達すると次々と自爆した。その破片を浴び、大型ミサイルは空中で目的を果たすことなく爆発する。
 それはほぼ一瞬の出来事であったが、じりじりとした気持ちで見守る地球人たちには、スローモーション映像のように映った。
 レーダーから光点が次々と消えていき、人々の心に安堵をもたらしたのもつかの間、一つだけ、消えない光点があった。
「一基残ったぞ!」
「撃ち落してやる!」
 アランはスロットルを最大にしてミサイルを追った。もし街に被害を出せばどうなるか、ドールよりアランの方がよく分かっていた。彼女をまずい立場に追い込むような真似はできない。
 スコープの中で、ミサイルの後ろ姿が小刻みに動く。まるで捕らえられまいとしているかのようだ。
 浮き足立つ心を必死に抑えながら、アランはレーザー機銃の狙いを定めた。
 スコープがミサイルの姿を捉えた。
「当たれ!」
 アランの指がトリガーにかかったその時であった。
 白く強い光がコックピットに飛び込んできた。
「!」
 光の正体は地平線から顔を出した太陽であった。ミサイルはあたかもアランを誘い出すように日の出の方角へ向かって飛び、彼に最初の光を浴びせかけたのだ。
 バイザーの光量調節機能が働いたが、それでもわずかに、アランの指の動きが、タイミングをずらした。
「しまった!」
 その瞬間、東の空が顔を出しかけた太陽を遮るかのように、赤く染まった。

「…畜生…!」
 燃える街を足下に見ながら、アランは呻いた。
「敵ミサイル一基弾着。アレキサンドリア・シティ東部地区!」
 ヘッドホンから聞こえるディスク・センサーの報告が虚しい。
 作戦は完全に失敗である。たとえドールに次の手があるにせよ、上層部が続行を許さないだろう。
「アラン、君はよくやったよ」
 グエン大尉の声が聞こえてくる。
「…ああ…」
 軍人として、パイロットとして、ベストは尽くしたつもりだ。しかし結局、得たものはあまりに少なかった。
 コクピットのメインモニターに、ドールの姿が映った。
「作戦は現時点をもって中止する。バルキリー各隊は現場に急行、救助活動の支援にあたれ」
 その表情はいつもと変わるところはない。翡翠色の瞳は真っ直ぐに前に向けられ、堂々とした光を放っている。だがその胸中はいかばかりだろう。アランはなんとも言えない思いで、モニターの中の指揮官を見た。
「……!!」
 その時、彼の記憶のある部分がざわめいた。
――似てる――!
 あの廃墟の街で、赤い髪の少女を見た時に感じた奇妙な既視感の正体がやっと判明したのだ。
 記憶の中のあの少女は、目の前の女性に目鼻立ちがそっくりであった。
「……」
 意外な偶然か。アランは不思議な暗号を目撃してしまったような気分になったが、それは一瞬のことで、すぐに操縦桿を握りなおし、燃える街へと向かっていった。

 オペレーター達の、慌しくも悲壮感に満ちたやり取りで溢れかえるディスク・センサーの司令センターに、ドールは静かにたたずんでいた。
 これまでと同じに、腕を組み、時折求められて出す指示は的確である。
 が、見開かれた緑の瞳の底に氷点下の乱気流が渦巻いているのを、記録参謀だけが敏感に感じ取っていた。
 もしミサイル迎撃の命令が遅れなかったとしても、防ぎきれたとは誰にも言えない。
 また、迎撃に成功したとしても、敵にとってはそれで構わない。エキセドルには分かっていた。彼らはわずかでも統合軍の動揺を誘い、脱出するスキを作ればよかったのだ。
 しかし、都市に被害が出たならば、もたらされる結果は重大である。指揮官がゼントラーディ人であればなおのこと…
 まさか、あの記録参謀はそこまで見越していたというのだろうか…
 エキセドルは心の中で、深くため息をつき、会ったことのない相手に語りかけた。
「負けました…もしや、ここにいるのが誰か、気付きましたか…」
コメント
この記事へのコメント
無題
最後まで読めません。このヘボケータイがぁ!!機種変すっぞコラ!
意外な符合はかなり良かったです。
2009/01/15(木) 10:12:51 | URL | 竹村しずき #dZ0847IM[ 編集]
●竹村しずきさん
ケータイだと全部表示されませんか?
文字数多すぎかなぁ...ごめんなさい...
2009/01/17(土) 15:22:36 | URL | 作者。 #f4U/6FpI[ 編集]
いえいえ
そんな、らんこさんがあやまることじゃないですよ。
2009/01/18(日) 08:56:23 | URL | 竹村しずき #dZ0847IM[ 編集]
■拍手コメントお礼
●にゃおさん
応援ありがとうございます。
あっさり捕まったら話が続かないじゃないですかー(笑)

一般の人が思ってる以上に、地形・気象というのは現代戦においても重要な要素なのです。
エキセドルさんは、長い間ブリタイさんの元で信頼を得ただけあって、気配りの人です。

>「マァム」とは軍隊用語なのでしょうか。
マァム(Ma'am)というのは、女性への敬称です。男性はサー(Sir)ですね。
お母さん...と多分語源は同じでしょう。
ですから上官が男性の場合、お返事はイエッサー、女性の場合はイエス・マァムです。
女性の上官にウッカリYes sir!とか言っちゃうと、ニラまれます。
別に軍隊用語ではなく、私も海外のホテルなどでは従業員の人から「マァム」とちゃんと呼ばれますよ(笑)。
2011/08/10(水) 01:10:48 | URL | 作者。 #f4U/6FpI[ 編集]
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