TVアニメ「超時空要塞マクロス」の二次創作を公開しています。
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§22 プロトカルチャーの幻影
 旧アフリカ大陸北部において行われたゼントラーディ残存勢力との戦闘は、近郊の都市、アレクサンドリア・シティの郊外にゼントラーディ軍のミサイルが着弾し、数千人の犠牲者を出すという最悪の事態をもたらした。
 これまで統合軍は、帰化ゼントラーディ人に与える心理的影響を憂慮し、ゼントラーディ人による組織だった戦闘については報道を極力控えていた。
 しかし今回、都市に甚大な被害を出したことにより、マスコミの口を押さえ続けることが出来なくなってしまったのだ。
 街の生活に馴染めないゼントラーディ人の逃亡や小競り合いなどがしばし起こっていた時期だけに、今回の事件は地球人たちに不安を、ゼントラーディ人たちには動揺を与えることとなった。
 これは新統合政府にとって、実際の被害以上の痛手であった。
 元々ゼントラーディ人の登用に積極的でなかった者たちは、ここぞとばかりに指揮官であるドール・マロークスの不手際を責めた。中には、最初から同族に対し手心を加えるつもりだったのではないのか。果ては、軍事法廷にかけるべきだなどの過激な意見まで飛び出す始末であった。
 戦後初の統合軍宇宙艦隊司令長官に就任が決まっているブリタイは、もちろんドールの味方であったが、彼自身がゼントラーディ人であるために、表だっては庇いにくい状況であった。

 だがここで思わぬ方面から助け舟が出た。バルキリーのパイロット達である。教導隊の隊長マクレーン中佐は、彼女がいないと仕事が滞ってかなわない。早く戻してくれ。と、四角い強面を押し付けんばかりに、作戦部長マイストロフ少将に迫った。
 また、スカル隊の一条輝大尉を始め、各飛行隊の隊長が入れ替わり陳情に訪れてはマイストロフの仕事の邪魔をした。曰く、ドール中佐は実に優れた教官であり、ゼントラーディ軍の戦術戦技研究において、なくてはならない存在である、と。
 確かにマイストロフはゼントラーディ人を好いてはいなかったが、それでも軍部の中では常識的な範疇で、一部の過激な差別論者とは一線を引いていたし、何しろ総司令であるグローバルがそのような恣意的な扱いを嫌うことはよく分かっている。要は、彼は日和見主義であり、少々頭は固いが、あえて面倒な事態を引き起こしてまで押し通す政治的主張がある訳ではないのだ。

 そんな騒ぎの中、マクロス・シティに帰還したドールは、淡々と山のような残務処理にとりかかった。
 エキセドルはそんな彼女の手助けをしながら、時おり無念の思いを口にした。
「まさか、彼らがあのような手を用いるとは、全く予想できませんでした…」
「無理もない事です。参謀」
 ドールは今回の件に関し、敗因は自分の指揮にあると結論づけ、一切の保身や自己弁護めいた事は言っていない。彼女にとっては他人からの評価など、大した問題ではないのだ。
 その淡白とも見える態度に、また批判を浴びせる者もいたが、一見静かな水面の奥底に渦巻く彼女の無念など、余人に分かろうはずもない。
「いえ…」
 エキセドルは自嘲気味に笑い、窓の外を見た。夏の終わりの嵐が近づく空は、薄ぼんやりとした色彩を放っている。
「彼らはすでに、我々がそうであった"ゼントラーディ人"ではないのでしょうなあ…」
「…?」
 ドールはキーボードを打つ手を止め、記録参謀を見た。
「何故、マイクロンの星に手を出してはならないという言い伝えがあるのか、改めて分かった気がいたします。これほどまでに、我々に変異をもたらす存在、変異をもたらす力…それがプロトカルチャー…」
「……」
 プロトカルチャーという言葉は、一般のゼントラーディ人は知らない。ドールのような指揮官か、記録参謀のみが知る伝説の存在。が、言葉のみで伝えられるそれの正体を知る者はいない。漠然と、巨人族の祖先といった意味合いで使われているだけだ。
「プロトカルチャーに触れた者は、戦えなくなるのだと信じられていました。私もそう信じ、怖れていた。が、そうではない。変異するのです。その変異こそが禁忌だったのです」
「変異を忌む…」
 その言葉は、ドールのどこかに引っかかった。
 外はますます暗くなり、窓ガラスにぱらぱらと雨粒が当たりだした。それは、どこかあの黒い雨の日を連想させる光景であった。
「で、あるならば…」
 ドールの言葉は独り言のように響く。
「なぜ、変異を禁忌とする必要があったのでしょう。それを怖れたのは誰です。我々自身ですか。それとも他の何者かですか」
 エキセドルはその言葉にはっとなったようだった。
 ドールはさらにたたみかけた。
「確かに戦うことをやめた者もいる。しかし一方で、より狡猾な戦いの知恵を身につけた者もいる。その双方とも禁忌というなら、一体、我々に変わらぬことを求めたのは誰です。一体誰が、何を恐れたのです」
「…誰も、そのような事、考えもしませんでしたからな」
 ドールは下を向き、しばらくしてポツリとつぶやくように言った。
「かつて偉大なプロトカルチャーの時代…」
「?」
「私の上官がよく言っていたことです…」
 一つの風景が、心に浮かび上がった。
 それはまだ、彼女がゼントラーディ軍の艦隊指揮官であった頃である。長い銀髪の、冷たい美貌を放つ人物。尊敬する上官はこう語っていた。
「かつて偉大な我々の祖先は、この大艦隊を造り上げ、その大艦隊を生み出す数々の工廠をも造り上げた。だが、今の我々の体たらくはどうだ。過去の遺産を食い潰し続けているに過ぎない…しかし、その事を疑問に思う者が誰もいないという事の方が、私は情けないのだ…」
「……」
 ドールには何も言えなかった。彼女もまた、その事を疑問にも思っていなかった一人である。
 いや、そのような考えに思い至ることこそ、ゼントラーディ人としては異端に属することなのだ。どこか危険な予感に苛まれながら、彼女は上官の言葉を聞いた。
「この宇宙にまだ、プロトカルチャーというものが存在しているのなら、私は見てみたい。それがどのような世界であるのか。偉大なプロトカルチャーの時代とはどのようなものであったのか、垣間見れるものなら…」
 そう語った上官の横顔は、輝かんばかりに美しく見えた。すでに寿命を迎えかけていたというのに、生命力に満ちあふれるその顔がいつまでも記憶に残り、それがあの敗北の日、彼女に生きる決意をさせたのだ。
 どうせ死ぬなら、あの方の代わりに、あの方があれほどまでに憧れていた世界を見てからにしよう…
 しかし、目の前に広がっていたのは、真っ黒に焼けただれた廃墟の星であった。
 上官が夢見ていた世界は、死んだ。自分たちが破壊した…ドールはその時、生まれて初めて、かすかな虚しさを感じた。
 ところが、彼女の目の前で、その光景は見る間に変わっていったのだ。
 以前の地球は青く輝く美しい惑星だったという。地球人の誰しもがその美しい姿を心の拠り所とし、いつか甦らせることを夢見て、信じて、懸命に働いている。
 振り返ってみて、自分達ゼントラーディ人はどうであろうか…
「エキセドル参謀…」
「はい?」
 ドールは悲しげな顔で、小さくつぶやいた。
「我々は…ゼントラーディ人は…未来ある種族なのでしょうか…」
「……」
 彼女が何を言いたいか察することができただけに、エキセドルもまた重苦しい思いに包まれた表情で、無言のまま視線を窓の外に戻したのだった。

 地球規模の気候変動は、このマクロス・シティがあるアラスカの夏を、雨の多い季節へと作り変えたようである。
 その日の夕刻も曇天で、いつ降り出してもおかしくない空模様だった。勤務を終え、帰宅を急ごうとするアランに僚友が声をかけてきた。
「久しぶりに飲まないか。娘はターニャが迎えにくる」
 アレクセイの方から誘うとは珍しいことだ。アランは快諾し、二人はベース内のクラブへと向かった。
 士官用のクラブは1930年代風の内装で、上品で落ち着いた雰囲気である。ジャズの生演奏が流れる中、二人のパイロットは隅の席に着くと、アランはブランデーを、アレクセイはウイスキーを水割りで傾けつつ、しばらくは世間話などをした。
 グラスを二杯ほど空けたところで、アレクセイは困惑の表情交じりに本題を切り出した。
「実はターニャがな…」
「ああ」
「取材旅行で、アフリカに行くと…」
「えっ」
 その遠い響きに面食らったのは一瞬のことで、アランにはその意味するところはすぐ分かった。
「アフリカって、まさか…」
「そのまさかだ。彼女、今回の件ではかなりショックを受けててな…」
 アレキサンドリア・シティ、そしてあの戦闘が行われた地帯を回るのだという。常々の彼女の熱意と、どんな仕事もきちんとこなしてきたこと、それと何より人手不足が、取材への同行のチャンスを彼女にもたらしたのだ。
 アランはグラスを手の中で一回転させた。彼の知る限り、僚友の妻は純粋な理想主義者である。せっかくゼントラーディ人が戦いを捨て、地球人と共存の道を歩んでいると信じていたところに、あのような戦いが起きたとあっては、心穏やかではいられないだろう。
「いや、大きなゼントラーディ残存勢力がある事は知ってはいたらしい。俺には何も言わなかったが…」
「そうか、新聞社だもんな」
 しかし、報道の自由は一応は保障されているものの、地球人とゼントラーディ人の共存に気を使う政府は、戦闘に関する報道には神経質になっているのが現状だ。
「どういう取材かは知らないけど、規制がかかる事は充分ありうるぞ。無駄になってしまうんじゃないか」
「それはエライ人の考えればいい事さ。彼女はとにかく、自分自身の目で真実を見たいんだろうな。ジャーナリスト魂って奴か…本当に両種族は共存していけるのか。ゼントラーディ人は、戦いなしには生きてはいけないのか…特に、ドール中佐のこともあるんだと思う」
「中佐が、今回の指揮官をやっていたということか?」
「ターニャはよく言ってたよ。彼女が少しずつ"人間"に戻っていくのを見るのが嬉しいんだと…」
「……」
 確かに、表情豊かというにはほど遠いが、それでもドールは彼らが出会った頃より、格段に人間らしい顔をするようになっている。今回とて、彼女は決して好んで戦いの中に身を投じたわけではないと、二人とも信じている。
「きっと中佐には、何か理由があったんだと俺も言ったさ…まぁ、彼女の昔からの夢でもあるし、そこまで行きたいというなら、止める理由はないんだが…」
 僚友の言葉を聞きながら、アランは少々考えていた様子だったが、やがて口を開いた。
「それなんだが…今回の作戦の直前、中佐にある頼みごとをされてな」
「頼みって?」
「もし捕獲対象に出会えたら、自分の名を出してほしい。それだけだ」
 彼は話した。作戦の前日、ドールがわざわざ宿舎に訪ねてきたことを。
 その時彼女はアランに、自分がかつてゼントラーディ軍の艦隊指揮官であったこと、今回の捕獲目標とされている人物が、自分の部下であったこと、その部下がどれほど心の支えであり、信頼し合う間柄であったか、そして、もしかしたら記憶を失っているかもしれない事を語ったのだ。
 アランはいくつかの驚きをもってそれを聞いた。彼女が指揮官であったことはアレクセイの推測通りであった。が、それよりも印象に残ったのは、普段情感といったものに乏しく、冷静な表情を崩さないドールの額に、くっきりと浮かんだ苦悩の色だった。
「自分を覚えていれば何か反応があるはずだ、と…彼女としてはそれが精一杯だろう。敵と通じている、と、妙な勘繰りをする者がいないとも限らん」
「で、どうだったんだ。一旦は捕まえたんだろう?」
「驚いたようではあったけど、俺がゼントラーディ語を話したことに驚いたのかも知れないしな…」
 また、あの時の少女の顔が思い出された。
「そうか…それで…」
 アレクセイは僚友の言葉をかみ締め、納得がいったように頷いた。
「ゼントラーディ人を戦闘マシンだの、怪物だのと言う奴がいるが、ひどい話だ。彼らにだって、ちゃんとそうやって人を思いやる心があるじゃないか…」
 その後、二人は夜半まで飲み明かした。クラブを出ると、外は雨であった。
「やれやれ…」
 軍人は軍服を着ているときは、傘をさすことは許されない。二人のパイロットは顔を見合わせて苦笑いをすると、官舎街へと向かって歩き出した。

 数日後、着々と修復が進行するブリタイ艦のブリッジに、久々に訪問したエキセドルの姿があった。
 司令室のマイクロン用オペレーションブースで、勧められた椅子に腰掛けもせず、彼は興奮気味に身振り手振りを添えて戦闘の様子を詳細に伝え、さかんにドールのことを褒め称えた。作戦自体は失敗であったが、彼女の指揮官としての手腕はゼントラーディ的基準からすれば、百戦を経たエキセドルをも魅了するものだったらしい。
「いやあ、ドール中佐のあの指揮官ぶり、私は感服いたしました。本当に惚れ惚れいたしましたなぁ。分岐艦隊司令であった頃はさぞや…」
 あまりにエキセドルが手放しで誉めるので、ブリタイは珍しく皮肉を言いたい気分になった。
「惚れたか。エキセドル」
「なんの!私が身も心も捧げているお方は、あなただけですよ。ブリタイ閣下」
 その瞬間、ブリッジにいた者のうち、地球人の視線だけがさっと集中した。一方のゼントラーディ人兵員たちは、何事もなかったようにそれぞれの仕事をこなしている。
 そんな周囲の雰囲気など全く気付いていない様子で、ブリタイは満足げに腕を組み、何度も頷いた。
「おう、おっさん、来てたのか。久しぶりじゃねーか」
 そこへまた、デリカシーのない足音と共に入ってきたのは、カムジン・クラヴシェラであった。装甲服に包んだ体には、汗と埃の匂いがまとわりついている。
 彼は現在、陸軍教導隊の招請を受けて、デストロイド搭乗員養成課程の助教をしていた。早い話がデストロイド相手の取っ組み合いの仕事である。ブリタイとしては、この男が適度に闘争本能を発散させる場があるというのは、歓迎すべきことであった。
「だから言ったろ。あの女、偉そうな口きいてスカした態度とってよ。ザマねぇぜ」
「汗臭いぞカムジン、シャワーぐらい浴びろ」
 声を上げたのは、司令室にいたもう一人の人物である。艦の主であるブリタイを差し置いて、指揮官シートに長々と体をもたれかけさせていた、元・ボドル基幹艦隊直衛隊司令、ラプ・ラミズであった。
 巨人状態の者が三人もいれば、この司令室は窮屈極まりない。しかもただでさえカムジンは、居るだけでその場の体感温度を上げる男である。
 美しい顔から放たれる胡散臭げな視線を思い切り無視し、カムジンは改めてブリタイに言った。
「当然、次は俺の出番なんだろ?」
「それは難しいな。今回の件で、統合軍首脳部にゼントラーディ人指揮官に対する警戒感が増した」
「早く次の手を打たないと、相手に立ち直る時間を与えるだけだぜ!地球人なんか混ぜずに、俺と野郎共ならアッという間にカタつけてやる」
 太い眉が上がり、隻眼がカムジンを睨んだ。
「あくまで我々と地球人は対等の立場でなければならん。地球人に使われて、同胞を攻撃して回るような、提灯持ちのような真似はやる訳にはいかんのだ。いいか、これは"セイジ"と言ってな、地球においては軍事より高次とされる事だ」
 ムッとした表情で黙りこんだカムジンに、ラプ・ラミズが追い討ちをかけた。
「貴様にはどうせ分からんだろう。さっさと部屋に戻って、テレビでも見て寝ろ」
「なんだとこのクソババ…!!」
「おお、そうだ、カムジン。これを持ってきてやったぞ」
 エキセドルは薄いプラスチックのケースを取り出すと、上に向かって差し出した。
「ジョン・ウエインの名作、『リオ・ブラボー』のDVD。いやあ、手に入れるのに苦労しました」
 途端にカムジンは、今までのやりとりなどすべて水洗トイレよろしく忘却の彼方に流し去り、口の両端を吊り上げた。
「おおっ、見てみたいと思ってたんだ。遠慮なくもらうぜっ」
 彼としては最大限の注意深さでケースをつまみ取ると、そのままカムジンは踊るような足取りで、司令室から出ていった。
「見事だ…エキセドル」
「いえいえ。閣下も何かリクエストがあれば」
 それには答えず、ブリタイは指揮官シートを占領する人物に向かうと、ため息混じりに言った。
「…ラプ・ラミズよ、あまり奴を刺激するな」
 ラプ・ラミズは前を向いたまま、ただ黙ってカムジンが去っていった方角を親指で差した。
 耳をすますと、数人の女の甲高い声が聞こえてくる。
「あっ、カムジンさんだ」
「カムジンさーん!」
「う、う、う、うるせぇなっ!なんだってんだ!」
「……」
 明らかな狼狽の響きを帯びた声と、それに連なる女のさざめき笑いが通路の向こうに木霊した。
 その気性と対照的に甘いマスクを持つカムジンは、地球人女性からはどういう訳か人気があった。そのあたりはブリタイにはどうにも理解不能であるのだが。
 カムジンもゼントラーディ女性とは全く違う彼女らの態度に、気勢を削がれてしまうようで、いつもの調子が出ないらしい。
「地球の女の方が、あ奴の扱いを心得ているようだ」
 鼻で軽く笑うと、女司令官は半身を起こし、唖然としている艦の主を見上げた。
「奴も多少だが変わった…しかしな、またぞろ彼らが活動を開始すれば、あいつを出さざるをえなくなるかも知れんぞ」
「…できれば、避けたいものだが」
 ブリタイは心からそう願う。だが同時に、かつての自分たちを思えば、それは困難な道である事も分かっていたのだった。

 マクロス内に設置された様々な軍用施設の一つに、戦争資料館がある。
 人類の闘争の歴史を納めた資料館で、三分の一が星間大戦、三分の一が統合戦争、残りの三分の一ほどがそれ以前の戦争の資料である。元々、マクロス修復時に隊員の教育用に作られた場所であるので、もちろん一般には公開されておらず、普段はほとんど人気はない。展示物の中にはレプリカや写真に混じって、貴重な本物もあった。
 今ここに、空色の髪を持つ、背の高いゼントラーディ人女性士官の姿があった。
 他に誰もいない、ひんやりとした空気の中、ドールは統合戦争のコーナーを軽く流し見すると、過去の戦争のコーナーに入り、展示物を眺め回した。そこで一枚の写真パネルに目を留めた彼女は、それを貼ってある壁面へと足を進めた。
 古いセピア色の写真である。複葉機を背にしたパイロットらしき男たちは、肩を組み、誇らしげに笑っていた。
「これも飛行機なのか…」
 つぶやいたドールは、ふと人の気配を感じて振り返った。その視線の先に、一人の女性士官が穏やかな微笑と数冊の書物を携えて立っている。薄茶色の髪を長く伸ばしたこの女性を、彼女はもちろんよく知っていた。
「あら、珍しいですわね。何かお探しですか?」
 彼女、早瀬未沙少佐は真っ直ぐにドールの側までくると、写真の解説をした。
「第一次世界大戦の頃の写真ですわ。初めて飛行機が戦争の道具として使われた時代です。主に偵察用にですけどね」
「……」
 ドールはもう一度写真を見た。航空機はバルキリーなどとは比べ物にならない単純な造りのようだ。パイロットの装備も、普段着とさして変わらないように見える。
「これは、どのぐらい昔の写真ですか?」
「そうね、百年ぐらい前よ」
「何故こんな粒子の粗い、モノクロの写真を記録に使うのです?」
「昔は、写真技術もこんなものだったからですよ」
 未沙は苦笑を浮かべた。
「もし、地球の歴史に興味がおありでしたら、あちらから古い順に並んでいますから、どうぞ…説明して差し上げたいけど、この資料を持って戻らないといけないので…それにここは戦争関係の展示物ばかりですから、できれば中佐には、もっと地球の様々な文化の歴史を知っていただきたいわ。あ、そうだ。今度シティの方にバーチャル美術館が出来るらしいですから、ぜひ行ってみてくださいな」
 未沙は一礼すると、軽やかな足取りでその場を後にした。
 ドールは未沙の指した方向に向かって、すなわち歴史を逆に辿りながら、ゆっくりと資料を眺めていった。
 洋上の巨艦、馬に曳かれた大砲。装飾過剰な銃。滑稽なほどに不恰好な騎士の鎧。
 ボロボロに錆びた刀剣、城砦から弓を引く兵士を描いたタペストリー…そして最後に行き着いたのは、古代エジプトの壁画に描かれた戦車の図であった。
「カデ…シュ…の戦い、BC1285年…」
 パネルの解説を読んだドールは愕然となった。
――約三千年前…たったの三千周期…
 三千年とはゼントラーディ人にとっては取るに足らない期間である。
「たった三千周期の間に…地球人は…」
 もう一度パネルを見る。壁画に刻まれた、弓を引く奇妙な装束の男。
 三千周期。その間にゼントラーディ軍に、一体何が起こっただろうか。
――何も変わらない。兵器も、軍服も、戦術も…
 どういう訳か、一粒の涙があふれ、頬を流れ落ちた。
「我々は、偉大なプロトカルチャーの末裔であると信じていた。しかし、末裔の発展を、変化を、望まない祖先がいるだろうか…?」

 どことなく元気のない様子で、オフィスに戻る通路を歩いていたドールに、声をかけた者があった。
「あ、あの…中佐…」
 振り返ると、そこには眼鏡をかけた黒髪の男が立っていた。
 軍医のマルティン・クラウゼ大尉であった。軍医で大尉といえばまだ若手である。優しく誠実そうな風貌は、いかにもインテリといった感じであるが、人によってはやさ男、という判断を下すかも知れない。
「なんでしょう」
 向き直ったドールを前にして、軍医は一瞬、気圧されたようだった。
「あ、そのう…そうだ。実はですね、今回の作戦で、アラン大尉が持ち帰ったゼントラーディ軍の認識票なんですけど、付着していた血液を分析したんです。で、確認なんですが、あれは今回のターゲットだった人物の物ですよね…」
「はい」
 ドールはあのIDタグの実物は見ていない。が、画像を通し、その表面に刻まれた"ラン・アルスール"の文字は、はっきりと確認している。
 一体何を訊きたいのだろうとドールが訝った時、軍医は顔を上げ、まるで予測し得ない問いをぶつけてきた。
「その人と…あなたは、ご兄弟か何かですか?」
「は?」
コメント
この記事へのコメント
また最後まで読めなかった……
ウチのケータイショボいなあ……。
「リオ・ブラボー」、西部劇ですか。良いですねぇ。ところで西部劇で道に転がってる干し草の塊みたいな物って何なんでしょうね。
2009/02/04(水) 13:38:51 | URL | 竹村しずき #dZ0847IM[ 編集]
追記
わたしは普段映画館やレンタルビデオでは映画は見ないのですが、昨日と今日「チェ」二部作を見ました/見ます。キューバ好き(でも共産主義・社会主義は嫌い)としてはこれは見ねばと思いまして。
2009/02/04(水) 13:54:58 | URL | 竹村しずき #dZ0847IM[ 編集]
●竹村しずきさん
ゴメンなさい。字数が多いのが原因(?)だと思うので、一話を二つに分けた携帯版を作ってみました。
http://zentraedi.org/brog/blog_novel.html
これで大丈夫だと思いますが、ダメだったらまた言ってくださいね。
2009/02/05(木) 23:51:40 | URL | 作者。 #f4U/6FpI[ 編集]
●竹村しずきさん
干草のようなもの…私もアレは謎でした。
植物が枯れて風に吹かれて自然に丸まったものでは?

チェ・ゲバラは最近注目を集めてるみたいですね。面白かったですか?
キューバは共産国とはいえ、それなりになんとかうまくやってるみたいで、その点もふくめて興味ありますね。
2009/02/05(木) 23:56:36 | URL | 作者。 #f4U/6FpI[ 編集]
うわっはぁ!
全部読めました。ありがとうらんこさん!
檀原照和先生の「ヴードゥー大全 アフロ民俗の世界」というカリブ海周辺の宗教をまとめた本によれば、キューバは教育機関は小学校から大学まで完全に無料で、経済指数だけ見れば途上国だがストリートチルドレンはおらず、子供はみんな制服を着て学校に通っていて、文盲率は2パーセント以下で、カリブ海ではありがちな庶民はクレオール語(奴隷の言語と宗主国の言語が融合したもの)を話しエリート層は宗主国の言語を話すという構図が見られず、国民は皆同じ言語を話すそうです。更に医療先進国で、薬代は自己負担ながら診察と検査は無料で、国民の約200人に1人はお医者さん(日本は約600人に1人)。エイズの感染率は0.03パーセントで、平均寿命はアメリカより高いそうです。マフィア、売春婦、麻薬、政治家・官僚の汚職、不正選挙、人種差別。これら全てが一掃されているそうです。古いデータなので今は状況が変わっているかも知れませんが、「世界不思議発見」を見た限りでは今でも良い国みたいですよ。
映画の見どころは「28歳の革命」のアクションシーンで列車が倒れる画と、「39歳 別れの手紙」でゲバラがボリビア軍に捕まった後ですね。面白かったです。
では最後にもう一度御礼を。本当にありがとうございます。
2009/02/06(金) 05:00:25 | URL | 竹村しずき #dZ0847IM[ 編集]
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