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TVアニメ「超時空要塞マクロス」の二次創作を公開しています。
§23 迷路の入口
 ドールの目はまん丸となり、つられて口も少々開いた。
 普段の彼女をよく知る者が見たら、その驚きぶりに驚くであろう。その意味では、マルティン軍医はドール中佐に奇襲を加え得た最初の地球人であった。
「…大尉、私達ゼントラーディ人には、兄弟とか親子とか、そういった関係はありませんよ…」
 ようやく立ち直ったドールが答えると、マルティン軍医はそこで初めて基本的な事実を思い出し、わずかに頬を赤くした。
「あ、ああ…そうでした、中佐。すみません…あ、でも…変だな…」
 彼はどういう訳かしばらく考え込み、そして恐縮しつつも、ぜひ見てほしいものがあるのでと、同行を請うた。
 彼女が連れて行かれたのは、病院区画にある研究室の一つであった。
 軍医は隅のデスクまで行くとライトボックスのスイッチを入れ、居並ぶ装置を珍しげに見回しているドールに声をかけた。
「こちらです。中佐」
 二枚のスライド写真が光に照らされて浮かび上がっている。そこには多数の線が不規則に並ぶ、バーコードに似た縞模様があった。
 しかし、このようなものを見せられても、ドールにはこれが何を意味するものかは分からない。
「左側が、あの認識票についていた血液のDNA解析をしたものです。記録参謀のサンプルというのはとても希少なので、色々分析をしていたのですが…その最中、これに非常によく似たパターンを持つサンプルがデータベースの中に存在していることが分かったのです」
 軍医はそう言って右の写真を手に取ると、左側の写真に重ねた。ところどころ、不規則な縞模様のパターンが完全に一致する箇所がある。
「これが何か…」
「これは、あなたのものです」
 ドールは怪訝そうに軍医の顔を見た。
「これだけの一致を見るのは、三親等あるいはそれ以上に近い血縁関係でないと考えられません。ですので先ほど…」
「偶然ではないのですか?」
「いえ、偶然などということはあり得ません。ちなみに、これは私のですが…」
 軍医はもう一枚写真を取り出した。それを最初の写真に重ね合わせてみる。縞模様は見事と言ってもいいほど、どこも一致していなかった。
「……」
 ドールは黙り込んだ。
 軍医の話は半分ほども分からなかった。彼女はまだ血縁というものがよく理解できていないし、DNAだのといった理科学的知識など、小学生にすらおよばない程度しかないのだ。
 その反応は、残念ながら軍医の予想していたどのパターンとも違ったらしく、二人の間にしばし気まずい空気が漂った。
「…あ、あ、もしかしたら中佐もプロジェクトに関わりがあるのかと思ったもので…お手間をとらせて申し訳ありませんでした…」
「プロジェクトとは?」
「ゼントラーディ人のルーツとか、そういった事だと聞いていますよ」
「ルーツ…」
 地球人とはおかしな事に興味を示すものだ。
「軍医、我々は…」
 偉大なプロトカルチャーの…言いかけてドールは止まった。
「あの…中佐?」
「い、いえ…何でも…」
 ついさっき、資料館で見た様々なものが思い出された。ドールはどこか虚しい思いに包まれ、それ以上言葉をつなぐことはできなかった。

* * *

 アフリカ大陸東部の山岳地帯に、アゾニア軍団は潜んでいた。
 統合軍の追撃から辛くも逃れ得たものの、受けた損害は決して軽微なものではない。多くの装備、物資、そして仲間の命が失われた。
 そして何よりも痛手だったのは、記録参謀ラン・アルスールの負傷である。
 命に別状はなかったが、怪我は決して軽いとは言えなかった。ランは傷による高熱を発症させ、何日も床についたままであった。

 夢の中、ランは見たこともない景色の中にいた。
(どこなんだろう、ここは…)
 初めて見る景色、のはずである。一面の緑。周りを見回しても、足元を見ても、緑色をした何かで覆いつくされていた。
(あ…もしかしたら、植物というやつかな…)
 植物のことは知識としては一応知っている。が、実物はほとんど見たことがない。一切が焼き尽くされた地球には、街の人工的な緑か、あるいは荒地に自生した乾燥に強い草ぐらいしかないのだ。
 しかし今、彼女がいる場所には、巨人である彼女をはるかに凌駕するほど巨大な、まさに圧倒せんばかりの植生が、互いに競い合うように生い茂り、生を謳歌していた。
(地球ではない、別の星かな…)
 ぼんやりと立ち尽くしていると、かすかに何か聞こえてきた。
 人の声、だろうか。
 不思議と心地良い響きであった。
 誘われるように、ランは足を踏み出した。
 ときおり、かすかな風が髪を撫でながら通り抜け、実に気持ちいい。そこはかとない、初めてであるのにどこか懐かしい、心安らぐ香り。
 いつの間にか、木々の連なりは途切れ、足元ほどの短い植物が広がる場所にたどり着いた。
 緑の地面はどこまでも広く、彼方の地平線まで続いている。その中ほどに、一つの人影らしきものがあった。
 人影は女のようであった。見たこともないゆったりとした衣装をつけ、金色の髪は長い。
 そしてあの不思議な声は、この女の口から紡ぎ出されている…そのことに気付いた時、ランは何故か、何ともいえない不安感にかられた。
(そうだ、知っている。私はこの場所に来たことがある…)
 不安は見る間に増大していき、全身を濃い霧のように覆った。思わずその場から逃げようとした途端、突然足から力が抜け、膝をついてしまった。
(熱い――)
 体が燃えるように熱かった。
 周りの景色が歪み、緑一色だった景色が、真っ赤に染まっていく。
 みるみる全身から力が抜けていき、ランは何者かに引きずられるように、ずるずると地面に這いつくばった。
(熱い、苦しい。誰か助けて…)
 助けを求めようにも、肺に力が入らない。叫ぶどころか、息をすることもままならず、恐怖と絶望が全身を蝕んでいく。
 苦しみの中、それでも何とか残る力をふり絞って顔を上げた彼女の視界に、ぼんやりと何かが映った。さきほどの女が、静かにこちらを見つめて立っている。
(お前は…マイクロン――!)
 驚きに見開かれた目に、陽炎のように映る女の表情は、どこか悲しげな、むしろ哀れみに満ちているように見えた。
――これは、歌というのよ――
 その言葉は耳からではなく、頭の中に直接響いてくるようであった。
(ウタ…?)
――なんでこんな所に入ってきたの――?
 そこから先は何も聞こえなかった。誰かが自分の名を呼んでいる気がしたが、しみのように黒く広がっていく虚無に意識は次第に塗りつぶされ、恐怖の心だけがそこに取り残された…

 言葉にならない叫びと共に、ランは跳ね起きた。
「……!!」
「参謀!」
 その小さな体をフィムナが受け止める。
「大丈夫ですか!?」
「いやぁ!」
 悪夢から醒めきれないのか、ランは叫んだ。
「参謀!」
 その声でやっとランは我に返り、虚ろな表情をフィムナに向けた。
 今の今まで味わっていた恐怖で、息ははずみ、全身におびただしい汗が噴き出している。
「…フィムナ…」
「悪い夢でもご覧になっていたようですね。ずいぶんうなされていました。無理もありません…すごい熱でしたから」
「…夢…」
 今までいたあの世界は、果たして本当に夢だったのか。
――違う。あれは夢なんかじゃない…!
 確証はない。が、ランの直感はそう叫んでいた。この星に来てから、何故かたびたび見る奇妙な悪夢。あれは夢などといったものではなく、自身の記憶のどこかに"実在"しているものではないのか?
「あ、いたたた…」
 あの重い痛みが、頭の中を暴れまわり、ランは顔をしかめた。
 記憶をたどろうとすると、必ず突き当たるこの痛み。まるで何者かに邪魔されているようだ。
 フィムナはそれを傷の痛みと捉えたらしく、申し訳なさそうな顔をした。
「化膿してしまってるんです。薬を飲んで下さい」
 毛布をめくってみると、そこには厚く包帯を巻かれた左足があった。
「……」
 渡された薬を口に含んでいる間、フィムナは当直の兵を呼んで湯を持ってくるように頼んでいた。
「とにかく、よかった…目が覚めて。今のうちに体を拭きましょう。汗でぐっしょりですよ」
 そんなの自分でできる。と主張する上官に有無を言わさず、フィムナは汗に濡れたシャツをはぎ取ると、手際よく体を拭き始めた。
「ここは…どのあたり?」
「大分南へ移動しました。ここなら安全です…周りに街もないですけどね」
 アゾニアはしばらくここで息を潜めるつもりらしい。とフィムナは語った。体勢を整えつつ、ほとぼりが冷めるのを待つのだと。
 そしてフィムナは黙って上官の背を拭き続け、奇妙に長い沈黙が訪れた。
「どうして…あの時、飛び出したりしたんですか」
「……」
 ぴくりと、細い肩が小さく動いた。
「もしかして…気がついたんですね。敵の指揮官がドール司令だということに…」
「……!!」
 ランはフィムナを振り返った。
 その先にある青紫色の瞳は、悲しみに満ちていた。
「どうして…」
「地球側のニュースに、今回の事件がかなり取り上げられているんです。今回、私達を攻撃していた指揮官の名前は、ドール・マロークス中佐という人物だとも…」
 ランは思わず耳を塞ぎたくなった。
 フィムナは、ただ黙っているしかなかった。どんな言葉も、上官に救いをもたらしはしないと分かっていたからである。

 そのころ、アゾニアの本隊の元には、戦艦アルタミラの修理責任者、アグルが率いる部隊が到着していた。
「ラジオやテレビで、今回の戦闘のことを放送してるぜ」
 彼らが本隊の危機を知ったのは、その報道によってであった。彼の行動は素早く、必要と思われる物資や人員を揃え、すぐに北の地から駆けつけてきたのだ。
 報道の件は、アゾニアも気が付いていた。これまで、自分達の行った戦闘について、あまり放送で触れられなかっただけに、気になる点であった。
「奴らは軍用通信は秘匿に気を遣うが…ラジオとテレビは、どこにいてもキャッチできる。よほど強力な電波を流してるんだな…大した情報はないけどな」
「そうだな…」
「5人ばかり、使えそうな奴を連れてきた。修理の役に立ててくれ」
「気が利くじゃないか」
 アゾニアはそこではじめて表情を緩め、電子ボードをアグルに渡した。
「物品のリストだ。悪いがその戦闘のせいでな…頼まれた数にはちょっと、足りてない」
「構わない。こちらでも多少は独自に入手できる」
「くれぐれも、目立つマネはするなよ」
「ああ、分かってる」
 彼らの目的はあくまで戦艦の修理である。そのために彼らは、地球の技術を身につけた同胞を迎え入れ、その技術を熱心に学んだ。
 努力は実を結び、戦艦アルタミラの修復は速やかとは言えないながら、着実に進んでいる。アグルの報告に、アゾニアは満足気であった。
 ただ、アグルは、重力制御装置に手こずっていると付け加えた。そのために記録参謀の力を借りたい、と。
 重力制御装置は、フォールド航行や艦内の人工重力の制御を司る重要機関である。72基もありながら、全く動作しないのは、それらのコントロール系に問題があるのではと推測されていたが、アグルにも他の者たちにも手に負えない状態であった。
「専門的なマニュアルもいくつかあるが、難しくてな…」
 記録参謀であればそれらの資料をすばやく理解し、仲間に伝えることができるだろう。その提案になるほどとアゾニアはうなずいた。
「重力制御装置が直れば、フォールド通信が使えるようになるな?」
 しかしそれには、通信士官のクリエラが首を振った。
「いや、それはダメだよ。あれは時空の歪みを作るんだ。敵に一発で居所がバレちゃうよ」
「そうなのか…」
 アゾニアは残念そうな顔をした。彼女はそういった技術的な事に関しては全くの素人である。
「それに、無線と違ってフォールド通信は相手の座標をきちんと設定しないとダメなんだよ。そんなアテなんかないだろ?」
 それに対し、アゾニアは考え込むような素振りをしつつも、明確に答えた。
「別の基幹艦隊の座標を、ランは知ってるはずだ…」
「別の基幹艦隊?そんなものがあるのかい?」
 ドルシラは目を丸くした。
 ここにいる者は皆、それなりの立場にあった将校であるが、ゼントラーディ軍の巨大な組織の中では下っ端も同然であった。自分達の所属していたボドル基幹艦隊のことですら、その最上部のことなど、想像もつかない世界である。
「とにかく、アルタミラに戻る時に連れてくぜ。いいな?」
「それはいいが…」
 そこで言葉を切ったアゾニアに、アグルは目で続きを催促した。
「あいつ、怪我しちまってな…熱が続いてるんだ」
 指揮天幕の中に、どことなく重い空気が充満した。
 あの戦闘、多くの仲間を失い、この星で最も苦戦したあの戦いで、敵の指揮をとっていたのが誰か、すでにここにいる全員が知っていた。
 アゾニアは無論、ドール・マロークスに会ったことはない。が、第一位の分岐艦隊を任されていたということ、何より、日頃のランの傾倒ぶりを見れば、どれほどの指揮官だったかは想像できる。
「…そんな奴までが…地球人の味方をするのか…」
 この星に降りて以来の、最も不可解な事実がまたアゾニアを揺さぶった。
 その事実は、地球のどんな兵器よりも、確実にボディブローのように彼女の精神に響くのであった。が、彼女はまだそれに気付いてはいない。

 やがてミーティングは解散となり、皆それぞれの任務に戻った。クリエラは通信車の後方ハッチに登るステップに足をかけ、ふとそのまま、開いたままのハッチの奥から聞こえてくるにぎやかな音に耳を傾けた。
 そこでは常に、地球側の通信が傍受されていた。統合軍のものだけではなく、民間のテレビやラジオ放送もである。
 明るく楽しげな女の声は、ラジオのものであった。
『さて今日は、すずらん通りに新しくオープンした、話題のドーナツ屋さんに来ていまぁす。あー、まだ開店前だというのにこーんなに行列が…』
「なあ、この『ドーナツ』って、どんなんだと思う?」
 通信装置のオペレーターが、となりの席の同僚に語りかけた。
「色んな話を総合するとだな、丸くて甘くてやわらかいらしい」
「フーン…」
 話を聞いた兵士は、興味津々といった様子だ。
「…ま、みんな腹空かしてるからね」
 クリエラは口の中でつぶやくと、通信車の中へと入っていった。

 数日のうちに、ランは杖をつきながらも何とか歩けるまでになった。
 ひ弱げに見える記録参謀でも、ゼントラーディ人であることに変わりはない。強靭な生命力と回復力は、地球人と比ぶべくもなかった。
 野営地の天幕群から少し離れた場所で、ランは一人、そろそろと歩く練習をしていた。怪我をしたからといって、いつまでもベッドで大人しくしているのは、ゼントラーディ人には耐えられない事なのだ。
 一歩一歩、使い慣れない杖をつき、まだ残る痛みに耐えながら慎重に歩く。
 杖は鉄パイプを適当に折り曲げて、ソルダムが作ったものだ。
「いよぉ、どうだい、傷の具合は?」
 行く手に通りかかった黒い巻毛の女が、立ち止まってにやけた笑いを投げかけた。
 ランはちらりと一瞥をくれたのみで、黙ってその前を通り過ぎようとした。
 これに対しドルシラは明らかに気分を悪くした様子で、ランに平行して歩きながら、さらにちょっかいを出し続けた。
「あのドンパチの中に飛び出して、何かの役に立つとでも思ったのかよ?ったく、アゾニアはつくづくアンタには甘いよ」
 彼女はこの時、記録参謀に対し他意があった訳ではなかった。だが、あからさまに無視されれば彼女としても引っ込みがつかなくなる。
 それにドルシラは前回の戦闘で、最も優秀な観測員を失った。人の生死に関してはドライな彼らだが、それでも漠然としたイライラを誰かにぶつけたくなったりもするのだ。この場合、全くの八つ当たりであるが。
 思うような反応が得られないと知ると、ドルシラはさらに苛立ち、なんとか相手を怒らそうと言葉を探った挙句、極めつけと思われる一言を引っ張り出した。
「アンタの上官さぁ、地球人に飼われてたんだってぇ?ま、あたいら地上兵と違って、宇宙艦隊の奴らなんて、上から下まで軟弱者揃いってこったね」
 ランは立ち止まった。
 無言のまま、横目を投げつける記録参謀を見て、ドルシラはしてやったりという笑顔を浮かべた。
 一瞬の後、銀色の何かが空中をさっと翻り、砂漠に悲鳴が響き渡った。
「ぐぎゃあっ」
 思いがけぬ反撃であった。鉄パイプ製の杖が、ドルシラの向こう脛を見事に直撃したのだ。
 苦痛に体を折り曲げながら、ドルシラは自分が先に挑発したことも忘れ、記録参謀を睨みつけた。
「く…う…何すんだよこのチビ!!」
 罵声と同時に腕が伸びてランの右足を掴み、思い切り上に持ち上げる。
「きゃあっ」
 無傷の軸足を払われたランはひとたまりもなく、ひっくり返って乾いた地面に尻もちをつき、間髪を入れずその上にのしかかったドルシラは、生意気な小娘に制裁を加えようと腕を振り上げた。
「やめないか!!」
 鋭い声が飛び、ドルシラは顔を強張らせた。そこには彼女らの上官が、怒りの表情をたたえながら大股で向かってくる。
 アゾニアは真っ直ぐに二人の元まで来ると、ドルシラの胸倉を掴んで引っ張り上げた。
「ア…アゾニア…」
 狼狽の表情を浮かべるドルシラを突き放すと、アゾニアは砂の上でもがいているランの襟を掴んでこれまた乱暴に引っ張り起こし、両者を交互に睨みつけた。
「私闘は厳禁だ。分かってるのか?」
 ドルシラは決まり悪そうに視線をあちこちに泳がせた。焦りとごまかし笑いと困惑の表情をめまぐるしく行き来させた挙句、恐れ入った様子でもごもごと弁明した。この宇宙で彼女が唯一、怖れているのがアゾニアなのだ。
「あ…あ…ちょっとね、ついカッとなって…わ…悪かったよ…」
 浅黒い顔に愛想笑いを必死に浮かべながら、ドルシラはじりじりと後ずさり、その場から逃げるように去っていった。
「お前もだ。ラン」
 アゾニアは別にランをえこひいきするつもりはなく、仲間内のトラブルに対してはあくまで厳正に対処する気だ。
 ランは目にいっぱい涙をため、歯を食いしばっていた。その様子を見て、アゾニアは何があったのかをおおよそ察した。
「止めないでよアゾニア!!受けた侮辱は、自分で晴らす権利があるはずでしょう!?」
 その言葉にアゾニアは、しばし絶句した。
 どう考えたってそれは無理だろう。現に返り討ちに遭ってたくせに。なのに決然としてそう言い放つその表情からは、この少女の意外な気の強さと、彼女にそこまで言わしめる、その人物の人となりが窺えた。
「……」
 アゾニアは砂の上から杖を拾い、ランに持たせると、その背中についた砂を払い落とした。
「…あきらめろ。お前の上官は、死んだんだ」
 いつになく厳しい口調で言うと、アゾニアはその場を後にした。
 一人残されたランは、固まったように砂の地面をじっと睨み付けたまま、長いことその場を動かなかった。
 しばらくして、手だけがゆっくりと上衣のポケットに入り、何かを探った。
 取り出したのは、彼女の宝物である。金色に輝く、艦隊指揮官章…。
 それを大事に手のひらに乗せると、じっと見入った。
「……」
 この感情をどう呼ぶべきか、彼女自身も分からない。悲しみに似ているが、違う気がする。
「なんで…」
 ポツリと出てきた言葉はそれだった。
 そもそも彼女は、複雑な感情を言葉にできるほどの語彙を持ち合わせていないのだ。それは、ゼントラーディ人は皆そうであるが…。
「なんで…」
 もう一度、ランはつぶやいた。
「なんで…私…こんな星にいるのかな…」
 乾いた砂漠の風が、赤い髪を乱しながら通り抜けていく。
 答えの出ようがない問い。そのようなものはこの星に来るまでは存在などしなかった。彼女にとって、これほど恐ろしく、虚しさに襲われるものはなく、だから彼女は、この星が嫌いなのだ。

 それから幾日か経った、月のない晩。
 戦闘ポッド待機場の前を、二人組の歩哨が通り過ぎていく。彼らが遠ざかって後、一機のリガードが静かに立ち上がった。
 リガードはゆっくりと動き出し、しばらくの間そろそろと歩いていたが、野営地からある程度離れたところで一気にスピードを上げ、夜の闇の中へ消えていった。
 操縦席には、シートに浅く腰掛け、不釣合いに大きなヘルメットを頭に乗せた赤い髪の少女が、この世の終わりに直面したかのような思いつめた表情と二人連れで、操縦桿を握っていた。
「ごめんアゾニア…本当にごめん…」
 何度も何度も、少女はつぶやいた。
「でも…私、納得がいかないんだ…ドール司令は…絶対に、絶対に裏切り者なんかじゃない…」
 軍律に厳しいアゾニアのことである。もし野営地を抜け出したことを知れば、怒り狂うだろう。いや、もしかしたら…。
「私でも…容赦しないかも…」
 もとより覚悟はできていた。
 それでもなお、彼女は行動せずにはいられなかった。一体何をどうするのか、それすら念頭にない。ただ、何かをせずにはいられなかったのだ。彼女の生涯で、このようなことは初めてであった。
 じきに追っ手がかかるのは目に見えている。暗いうちに、少しでも急がねば。
 ランはペダルを踏み込んだ。
コメント
この記事へのコメント
続きが気になりますね
ランはドール司令と再会出来るのか? 再会出来たとして何を話すのか? アゾニアの対応は? ランは戻って来るのか? 戻って来たとしても、アゾニアと元の関係には戻れないのでは? くあー! 「早く続きを」とはいいません。時間がかかっても素晴らしい続きを期待しています!
2009/05/09(土) 07:07:41 | URL | #dZ0847IM[ 編集]
ありがとうございます
コメありがとうございます。はげみになります(^ ^)
アゾニアは何だかんだ言ってランには甘いので....どうでしょ(笑)。
いつも更新遅くてごめんなさい。どうもあれこれ迷いながら書いておりますもので...(汗)気長にお待ちくださるとうれしいです。
がんばります!
2009/05/09(土) 23:03:10 | URL | 作者。 #f4U/6FpI[ 編集]
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