TVアニメ「超時空要塞マクロス」の二次創作を公開しています。
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§25 届かぬ言葉
「ぐううっ」
 立ち上がろうとして、足を掴む激しい痛みにランは呻いた。
 あろうことか、右の足が積み重なった機械類の残骸の隙間に落ち込んで、挟まれてしまっている。
「……!!」
 懸命に引き抜こうとしたが、金属の破片は罠のように噛みついて放さない。しかも悪いことに、自由な左足はまだ傷が完全に癒えていない。踏ん張ろうにも力が入らないのだ。
 その足元近くに近づいて来る何かが見えた。ふいに目の前に飛び出してきた、あのマイクロンの女だ。
 頭に一挙に血がのぼった。
「くっ…来るな、来るなっ…!!」
 大きく腕を動かし、追い払うように振り回した。地球人にとって幸運で、また彼女にとって不幸だったことは、転んだはずみで銃が肩からすべり落ち、手の届かない所まで転がってしまったことであった。
(落ち着け…落ち着け…落ち着け…!!)
 心臓の鼓動が耳元で鳴り響く。ランは必死に恐怖の本能に対抗しようとあがいた。ここでパニックを起こしたらおしまいだ…わずかに残った理性が叱咤するのが聞こえ、かつてソルダムに言われたように、懸命に深呼吸を試みた。
 目を閉じて周りの景色を排除し、口と胸郭を大きく開き、できるだけ深く息を吸い込む。
 ゆっくりと息を吐き、再び大きく吸い、また吐く…幾度か繰り返すうちに、次第に意識が呼吸へと集中していき、恐怖に跳ね回っていた心が落ち着きを取り戻してきた。
(怖くないぞ…相手はちっぽけなマイクロン…何もできやしないんだ。怖れる理由なんかないじゃないか…)
 意識して自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと薄目を開けて周囲を確かめた。
 足元すぐの位置に、こちらを見上げるマイクロンの女が真っ先に映る。
 再び心臓が締め上げられそうになるのをなんとかこらえ、ランは再び深く息をした。
 目をつぶり、苦しそうに息をする巨人の少女を、タチアナは心配そうに見上げていた。
「具合でも悪いのかしら…」
 彼女の目には、とてもこの少女が"戦いの民"の一員には見えなかった。街にいるごく普通の中学生と何ら変わらない。
 幸いといっては悪いが、相手は身動きできないようだ。タチアナは巨人の手の届く範囲には入らないよう用心しつつ、なるべく相手の顔がよく見える位置まで移動した。
「あ…あなた、残存勢力のゼントラーディ人でしょ」
 勇気をもって、タチアナは声を上げた。
「私はタチアナ・ベリンスカヤというの。民間人よ。お願い、話を聞いて」
 写真を撮りたかったが、以前、ドールもカメラを見て武器だと勘違いしたことがある。迂闊なことはできない。
 相手を下手に刺激しないように、慎重に言葉を選びながら、タチアナはまず、最も訊きたかったことから切り出した。
「ね、ねぇ、もう戦いを続ける必要ないんじゃない?私達地球人は、本当はあなたたちと戦いたくないのよ。あなた方が戦いをやめてくれれば、私達はあなたたちを仲間として迎え入れられるのよ」
 だが、その言葉は当然のことながら、受け入れられるはずもなかった。
「うるさいっ!騙されないぞっ!お前達はそうやって、私達の仲間を騙して、洗脳しているんだっ」
「そ…そんなことないわ。街にいるゼントラーディ人は、みんな自分の意志で動いているのよ」
「嘘だっ!!」
 怒りに満ちた表情で巨人の少女は吼えた。が、タチアナはひるまなかった。相手がごく普通の少女だということが、かえって彼女を奮い立たせた。この不幸な少女を戦いの地獄から救い出したい…使命感に燃える彼女には、もう巨人への恐怖心などなかった。
「私達は決してあなた方の仲間を騙したり、操ったりなんかしてないわ。あれだけ大勢の人を、舌先だけで騙し続けることなんてできると思うの?逆に訊くわ。あなた方ゼントラーディ人は、そんなまやかしに騙される程度の人間なの?」
 巨人の少女は返答に詰まったようだった。
 これはちょっとずるい論法だったかな、とタチアナは思ったが、この際仕方がなかった。
「政府の偉い人や、軍の指揮官の中にもゼントラーディ人はいるのよ。考えてもみてちょうだい。もし私達があなたたちを蔑んでいるのなら、そんな事を認めたりしないでしょう?」
「……」
「彼らは私たちと、敵、味方じゃなく、勝ち負けでもなく、共に生きるということを分かってくれた人なの。お互いにもう戦いはやめようって…だから、私達は対等よ。みんな、ゼントラーディ人としての誇りを持って生きているわ」
 タチアナは空色の髪を持つ友人の、凛とした姿を思い浮かべた。
 他にも数名のゼントラーディ人との付き合いの中で、彼らが誇りや栄誉というものをとても大事にする、ということに気付いていた。おそらく、愛も家族も神も金銭もない世界では、それだけが精神の拠り所だからなのだろう。
 一方、少女は髪と同じ色の眉を、不信の形に歪めてタチアナを睨みつけていた。
「戦いをやめる…?」
「そうよ。だって、ゼントラーディの母艦は沈んだのよ。あなた方はもう誰からも命令されず、戦いに縛られずに生きていけるのよ?自由なのよ?」
「ジユウ…」
 怒りと憎しみに燃えていた赤い瞳が、妙に元気をなくした。
「…そんな事言われても…分からない…」
 ランは段々と情けない気分になってきた。この女が言っている事、何もかもが理解できない。なぜ自分は、こんな所でマイクロンから訳の分からない説教を受けねばならないのだろう。
「……」
 途方に暮れた迷子のようにうずくまってしまったゼントラーディ人を見て、タチアナも言葉に詰まった。
 いくら言葉を尽くしても、相手にそれを受け取るキャパシティがなければ聞こえていないのと同じだ。一度も海を見たことのない者は、海をイメージすることはできない。命令に従うことしか知らなかった彼らに、自由とは何かをどう説明したらいいのだろう。
 が、それでも彼女は言葉の力というものを信じていた。ゆっくりと穏やかな口調で、タチアナは語りかけた。
「今まで、大勢の仲間が死んでいくのを見てるでしょう?あなただってこのまま戦いを続けていれば…いつか死んでしまうかも知れないわ…そんなの嫌じゃないの?怖くはないの?」
 その問いに、赤い髪の少女は怪訝な顔で聞き返した。
「お前は、死ぬのが怖いのか?」
「ええそうよ。死ぬなんてとんでもないわ。私には家族が、夫も子供もいるのよ」
「……」
 巨人の少女は驚きの目をもってマイクロンの女を見た。
 それは全く予想しない答えであった。死を恐れるなど、あってはならないことだ。なのにこの女は、恥じ入る様子もなく堂々とそのような事を口にしている。
 青いその瞳は真っ直ぐで澄んでいて、少しも卑屈な様子は見られない。
「う…」
 その時、あの頭痛がまた襲い来て、ランは眉をひそめた。フラッシュバックのように、いくつものイメージが同時に頭をかすめていく。あの悪夢の中で見た、緑の木々、不思議な空間、そして歌う女…
 あの時に見た長い髪の女と、目の前の女の姿が重なって見え、押さえつけていた恐怖心が再び呼び起こされそうになる。
「どうしたの?」
 少女の異変に気付いたタチアナは、身を乗り出した。
「来るな…」
「で、でも…」
 赤い髪の合間からは、幾筋もの汗が流れ出ている。
「ううう…」
 ランはヘルメットを取って投げ捨て、頭をかきむしった。
 イメージの洪水は激しくなる一方だった。あの女、あの歌う女が哀れみに満ちた目でこちらを見る。
「そんな目で…そんな目で見るな…!!」
 何かが、頭の中でスパークした。
「あ…あの…」
 突然、がっくりとうなだれ、動かなくなった少女を見てタチアナは戸惑い、恐る恐るながらも、もう少し近づこうとした。

 その時、またも金属性の物音が響き、タチアナは驚いて振り返った。この少女がやってきたのと同じ方角である。
「巨人の仲間かしら…」
 背中に緊張が走った。考えてみれば、兵士がたった一人で砂漠をうろうろしているのもおかしい。近くに仲間がいると考えるのが普通だろう。
「ターニャ、戻ってくれ。軍の通信でゼントラーディの動きがどうこう言ってる。この辺らしい」
 インカムからフレッドの声が飛び込んできた。立入禁止地区に入った手前、軍の通信に聞き耳を立てていたのだ。
「で、でも…」
 タチアナはもう一度巨人の少女の方を見た。ひどく具合が悪そうなのに、放っておいていいものだろうか。いずれにせよ、彼女が何をできる訳もないのだが。
 またしても物音が響いた。さすがのタチアナも、もうこれ以上の無謀な真似をする気はなかった。
「じ…じゃあ私、行くわね…元気で…」
 聞こえているかどうかは分からなかったが、そう言い残すと、何度も振り返りながらその場を後にしていった。
 タチアナが姿を消すのと入れ替わるように、散らばった残骸を踏み分けてバトルスーツ、ディルクラン・ドゥが現れた。胸部ハッチが開き、精悍な女戦士が顔を出す。
「おい!!」
 その声に、ランは力なく首を上げ、ほっとしたような表情を浮かべたものの、緊張の糸が切れたのか、すぐにまたぐったりとなってしまった。
「……!!」
 アゾニアは急いでその側に駆け寄ると、ランの脚を捕らえている不埒な金属片に気付き、それを取り外しにかかった。これ以上足を傷つけないよう慎重に作業する彼女の耳に、弱々しいつぶやきが聞こえてきた。
「早く…早くこの星を離れなきゃ…この星は、きっとあの時の星…」
「ラン…」
 アゾニアは気付いていた。ランがおぼろげながらでも記憶を取り戻すのは、意識と無意識の間。半覚醒状態にある時だと。
 あの時の星、というのが気になったが、今はともかく身を隠す必要がある。アゾニアは小さな体を抱え上げると、日影を求めてその場を離れていった。

* * *

 アゾニアが出ていってから数日が経った。軍団の幹部達は、日に数回は指揮天幕にたむろし、指揮官からの連絡を待っていた。
 各々が好き勝手なことをしているように見えるが、皆どことなく所在なさげである。
 ドルシラは作戦卓の上に足を投げ出して座り、ナイフの先で爪の垢をほじりながら、憮然とした面もちで口を開いた。
「けどさぁ…なンだ、あたいなんか、あのクソ連隊長が死んだって聞いた時、正直、んまぁ…ちょっとだけだぞ?ザマミロって思ったけどね…そんな、あとさき考えずに飛び出すほどの気持ちが分からんね。あたいは」
 そこまで言って、チラリと前方を盗み見た。向かいには、机に両肘をついて顔を覆い、身動きもしないフィムナの姿がある。
 同じく作戦卓に肘をつき、暇そうに地形図を眺めていたクリエラが言った。
「じゃあさ、その上官が、クソ連隊長とやらじゃなくてアゾニアだったら?同じように言えるの?あんたは」
 ドルシラはそういった事はまるきり仮定していなかったらしく、ぐっと言葉に詰まった。
 部屋の隅で、弾薬箱に腰掛けていたケティオルが言った。
「俺も…ブッ殺したいほどムカつく上官には何人も出会った。尊敬できる奴もいたけどね…もし、自分の命を喜んで投げ出せる程の上官に出会えたら、戦士としてそれ以上のことはないと思うぜ」
「……」
 その言葉に皆、神妙な顔つきになった。自らの身に重ね合わせ、それぞれに思うところがあるらしい。
 重い雰囲気を振り払おうとするかのように、ソルダムは努めて明るく言った。
「ま、とにかく、アゾニアなら大丈夫だ。必ずランを見つけるさ」
「そうそう、とっとと戦艦を修理してさ、この星をおさらばして、アゾニアの言う別の基幹艦隊とやらにたどり着けば万事めでたしだよ。アイツだって、新しい艦隊にでも配置されれば、前の上官のことなんか忘れちまうだろ」
 そこで余計な一言を付け加えずにはおられないのがドルシラである。
「…記録参謀のくせに忘れっぽいんだし」
「勝手なこと言ってくれるわね」
 フィムナは顔を上げた。イライラとした空気をまとわりつかせ、周囲をぐるりと睨み廻す。
「あなたたちはいいわよ。もし、どこか別の基幹艦隊に拾われれば…うまくいけばの話だけど。そうしたらまた、適当な部隊に再配置になるでしょうよ。でも参謀は…記録参謀はそれまでの事全てを報告する義務がある。その時きっと、記憶に欠損があることが分かってしまう。そうなったらどうなるか…」
 ゼントラーディ軍は、その任務を果たせなくなった者には徹底的に非情である。
 ランは記録参謀としての能力を失った訳ではない。が、上層部がそのような柔軟な判断をしてくれるなど、期待薄だ。
「参謀は…それを分かっていた。分かっていてあなたたちに協力したのよ。そうする以外、どうしようもないから…他に何をどうすることもできないから…」
「……」
 アゾニアもそう言っていたことをソルダムは思い出した。
 だから彼女はランの記憶を戻そうと、できる限りの手を打ったのだ。
「そんな中で、ドール司令が生きていると知って、ほんのわずかでも何かの希望を見出して、すがろうとするのは間違いなの!?」
 フィムナの叫びは悲痛であった。その剣幕に、他の面々は気まずそうに視線を交わした。
「ホラ、お前ら、仕事あるだろう。何かあればすぐ連絡入るんだからよ。持ち場に戻れ」
 フィムナの神経が相当参っているのを見て取ったソルダムは、他の者達を追い出すと、改めて厳しい顔で言った。
「少し休め。お前、ここんとこ寝てないだろう」
 それに対しフィムナは再び肘をついて額を押さえ、どこか侮蔑を帯びた言葉を吐き出した。
「みんないい気なもんね」
「ああ?」
「ああは言ったけど…あなたたちだって、どうなるか分からない身の上なのよ」
「なんだと?どういうことだ」
「私達は生き延びるためとはいえ、タブーを犯した。そのことを上がどう思うかによって、私達の運命も変わるって事よ」
「タブー?」
「男女を混ぜたことよ」
「……」
「他にも、あの歌とか、甘い飲み物、テレビ…私達はどれだけ、今まで私達の世界になかったものを知ったと思う?そんな私達を見て、上層部が甘い顔して迎え入れてくれるとでも思ってるの?」
「……」
 ソルダムの顔が次第に険しくなっていく。
 全く考えていなかった訳ではなかった。無意識に思考の外に追い出そうとしていた重い現実。しかし、いつかは向き合わねばならないのだ。
 一体アゾニアは、このこと気付いているのだろうか。
「いや…」
 気付いていたとしても、決して口に出すことはないだろう。この軍団は、宇宙に帰るという目的で結束しているのだ。そこに不信を抱きでもしたら、瓦解する。
「いいか、フィムナ」
 ソルダムの鋭い眼光に圧倒され、フィムナはうつむいた。
「今のは聞かなかったことにしてやる。お前も馬鹿じゃないだろう。俺達は、前に進むしかないんだ」
「……」
 言い捨てると、ソルダムは苦々しい表情と思いで、天幕を出ていった。

* * *

 この辺りは丘陵地帯といっても、日中は太陽が真上から照りつけ、なかなか身を隠せる場所というのは少なかった。やっとのことで崖に挟まれた狭い空間を見つけると、アゾニアはランの体を横たえ、バトルスーツを降りた。
「全く…敵の偵察機がウロチョロしてるってのに…」
 靴と邪魔くさい装備品を取り外してやると、アゾニアは水筒を取り出してランの上体を抱え起こし、飲み口を唇にあてがった。
「ほら、飲め。少しずつだぞ」
 が、ランは朦朧とした表情で弱々しく首を振るばかりである。
「ええい、もう…」
 仕方なしにアゾニアは、口移しで飲ませようと、水を口に含んだ。
(…そういえば、地球人の奴らは…)
 ふいに脳裏に、テレビで見たドラマのキスシーンが浮かんだ。途端、かあっと頬に熱いものが走り、思わずむせかけた。アゾニアは水を吹き出しそうになるのを懸命に堪えながら、ふるふると頭を振った。
「違う違う…やっぱり違うな…」
 これまでも自分は意識のない仲間に、同じようにしていたというのに…。
 その時、腕の中でぐったりとなっていたランが急に目を開いた。がばっと身を起こすと、彼女の手から水筒を奪い取り、ぐいぐいと飲み出した。
「あっ、こら!少しずつだって言っただろうが」
 水筒を奪い返すと、ランはそこで初めて我に返ったような顔でアゾニアを見た。
「ふう…」
 アゾニアは安堵の息を吐いた。が、そんな彼女の両腕を掴むと、ランはすがりつくような、必死の表情を浮かべた。
「は…早く…プロ…プロトカルチャーの…」
「ラン…」
 その時アゾニアは、記録参謀がまだ正気を取り戻しきっていないことに気がついた。あるいは、誰かと見間違えているのかも知れない。
「プロトカルチャーって言ったか!?なんなんだよ。プロトカルチャーって」
「あ…」
 ランは口をぱくぱくさせた。
「プロトカルチャーというのは…」
 何故か荒くなる呼吸を必死に飲み込む。
「はるかな昔の…私達の先祖…」
「なんだと…」
「言い伝えでは…マイクロンだったと…そして、偉大な力を持っていると…私たちの運命を左右するほどの…」
 ときおり喉を詰まらせるようにしながらも、そこまで言って大きく息を吐いた。かなりのエネルギーを消耗したのか、大量の汗が赤い髪の生え際を濡らしている。懸命に息を整えながら、ランはその汗を手の甲でぬぐい、アゾニアをまっすぐ見上げた。
「お前…」
 その様子を見て、アゾニアの唇は驚きに震えた。
「まさか…思い出したのか…!?」
 ランは申し訳なさそうに、首を横に振った。
「アゾニアには、言わなきゃ言わなきゃと思っていたの…でも…」
 結局、ランが思い出せたのはそこだけであった。おそらく、製造段階で刻み付けられた記録参謀としての知識の方が、より思い出しやすかったということなのだろう。
「じゃあ、そのはるかな昔の祖先が、今もマイクロンのまま生きているってことか!?それが…地球人だというのか?」
 ランはまた、首を振った。
「きっと上層部はそう判断したんだと思う。けど本当のことは誰にも分からないよ…」
「そうか…」
「ごめんね。役に立てなくて」
「いや…」
 アゾニアは目を伏せた。
(そうか…それが理由か…)
 彼女はずっと、なぜたった一つの惑星のために、基幹艦隊全軍が動かねばならなかったのか、その理由が知りたかった。
 が、今となっては、ランからそれを聞かずとも、もう分かっていた気がする。
 あのひ弱な地球人の持つ、彼らの持っていない、彼らには理解し難い「何か」。それがランの言う偉大な力なのかは分からないが、自分たちが死力を尽くしてなお、抗い得ない何かを持っていることは間違いない。
 しかし、そうであってもアゾニアは、勝ち続けなければいけないのだ。

 二人はしばらくその日陰で休んだ。ランの状態が落ち着いてきたのを見計い、アゾニアは言わねばならないことを言った。
「お前…自分のしたことについては、分かってるよな?」
「……」
 ランはこれまでにないほどに、しょんぼりとうなだれた。
「…ごめんなさい…」
 謝って済むことではないと分かってはいたが、今は謝るしかできなかった。
「お前がただの兵士だったら、あたしはお前を撃ち殺さなきゃならないところだった」
「……」
「だがお前は軍団に絶対必要な、あたしの宝物だ。普通の兵士の何倍世話が焼けようと、お前にはそれ以上の価値がある。だからこそ、その分のことはやってもらう。お前は、記録参謀なんだ」
「……」
 ひと呼吸おいて、アゾニアは続けた。
「日が暮れたら、ここからちょっと戻って、アグルの隊と合流する。お前はアルタミラへ向かえ」
「え…」
「重力制御装置の修理に、お前の力が借りたいそうだ。アグルを手伝ってやってくれ。いいな」
「うん…」
 重力制御装置が正常に作動すれば、アルタミラは宇宙へ出られる。そうすれば、この星を二度と見ることもないだろう。
――二度と…
 ランの胸を、懐かしい人のイメージが通り抜ける。
「……」
「ただーし!」
 突然、アゾニアは声高に宣言した。
「ペナルティは受けてもらうぞ。罰は罰だからな」
「えええー…」
 思わず情けない声をあげたランの口元を見て、アゾニアは初めてそれに気がついた。
「その歯…!」
 慌てて口を隠すその様子に、女戦士はついに堪えきれずにプッと吹き出してしまった。
「お前、ホントにバカだなぁ…」
 砂漠で放置されたリガードを発見した時、操縦席に血の跡が残っていたのを見て、どこを怪我したのかと案じていたのだが…
「よし、その歯の分だけ少し割引いてやる。アルタミラへ着いたら、全員分の靴みがきをしろ。いいな」
「ええー…」
「罰は罰だって言ったろう!」
 腕組みをして睨みつけると、記録参謀は再びしゅんとなった。
 その様子を見て、アゾニアはつい緩みかける表情を必死に引き戻す必要に迫られた。この人物にかかると、彼女はいつも非情に徹しきれないのだ。
「なあ…思うんだが…」
 それまで言ってアゾニアは、ずいぶんと躊躇した後、言葉を続けた。
「あたしは、お前の上官は、裏切り者とは思っていない…」
「え…」
 思わずランは、アゾニアの顔を覗きこもうとしたが、女戦士はそれを避けるように横を向いた。
「この星は…何もかも…難しすぎるんだ…」
 その表情は厳しく、どこか悲しげであった。
「だから…早くこの星を離れた方がいい…」
「……」
 その言葉はひどく抽象的であったが、どことなく、ランは分かるような気がした。
 彼女は砂漠で出会ったあのマイクロンの女のことを思い出した。青く澄んだ、ひたむきで真っ直ぐな目を。
「あの女…嘘は言ってない…」
 その確信が逆に悲しかった。そう思うと同時に、ふとした疑問が通り抜けた。あの時、もしかしたらアゾニアは、あの会話を耳にしていたのではないかと…
コメント
この記事へのコメント
これからどうなるのでしょうか……。最後まで見守らせていただきます。
2009/12/07(月) 09:10:37 | URL | 蚕霖軽虎 #N6kp4qTg[ 編集]
ありがとうございます。
気長にお付き合いくださいませ(^ ^)
2009/12/13(日) 13:15:28 | URL | 作者。 #f4U/6FpI[ 編集]
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