山のようだった残務整理も一通りは終わり、ドールはようやく特別隊の指揮官としての立場から解放され、教導隊へ戻ることとなった。
しかし、特別隊の任務が終わるということは、ランの行方についての情報を知る立場になくなるということである。
"狼旅団"との戦闘が行われた場所については、一通りの調査・回収が終了していたが、その報告の中で、ランのものらしき死体が発見されたとの報はない。つまり、まだ生きている可能性はあるという事だった。
もちろん、ドールはそれに関して自分から触れることはない。そんな彼女にエキセドルは、もしランの消息に関する情報を得たら必ず伝える、と約束した。
「彼らもあれからすっかりなりをひそめておりますな。残骸の調査からも、直接戦闘力の30パーセントは失われたと見ていいでしょう。そのあたりの評価はしていただきたいと思うのですがなぁ」
司令部の評価は不当に低い、とエキセドルは不満げであった。
「しかし、彼らとてまたいずれ食料に困れば、出てこざるを得ないでしょうね…」
「その日はそう遠くないと思います。その時は…統合軍も徹底的な殲滅作戦をとるしかないでしょう…」
「…分かっております…」
「中佐、保護するチャンスがゼロになったわけではありません。私としても、あなたの部下には生きていてもらいたい…なにしろ、今、この地球上に生きている記録参謀は8人だけなのです…彼女を含めて」
記録参謀が乗艦していたと思しき艦は、23隻が地球上に確認されていたが、墜落の際に命を落としたり、機密保全のために殺されたりして、その8名しか残っていないのだという。
その記録参謀たちと地球の研究者とで協力し、現在進めているプロジェクトがあるのだと彼は語った。
「プロジェクト?」
「プロトカルチャーについての研究。そして我々自身の研究です」
「…?」
「地球側からの要望で始まりましてな…彼らは、伝説のプロトカルチャーとは何か、ということに大変興味を持っているらしいのです」
「……」
あの眼鏡の軍医が言っていたのは、このことだったのか。
改めて、地球人とは不思議だとドールは思った。なぜ、彼らはそのようなことを知りたがるのだろう。
「地球人は、プロトカルチャーの生き残りなのでしょう?」
「少なくとも、ボドル・ザー閣下はそう結論づけておられましたな」
エキセドルの答えは、どことなく意味深長であった。
「私自身、それについては大いに興味があります。まぁ、マクロスとの戦いがなければ、そうはならなかったと思いますが…しかし、実のところ、プロトカルチャーとは何なのか、正確に知る者は誰もいない。私の持っている知識などたかが知れているのです」
「それで、ランを…?」
「あなたの部下は、私と同じゼム級の記録参謀ですが、艦隊のランクは第一位のレグナル級…基幹艦隊の中央データベースの、Aランク情報にまでアクセスする権限があったはず。ぜひとも、我々の研究チームに加わっていただきたかったのですが…」
「……」
エキセドルは、ドールの顔色がかすかに変化したのに気がついたようだった。
「…どうかなさいましたか?」
「い、いえ…」
ドールはすぐにいつもの表情に戻り、二人は地球流の挨拶である"握手"を交わして互いの労をねぎらい、これをもって特別部隊は解散となった。
執務室に一人残ったドールは窓ガラスに体を預け、眼下に広がる基地の様子を眺めながら、先ほどのエキセドルの話を思い返した。
「…なぜ、みんなプロトカルチャーの事など知りたがるのだ…」
かつての上官もそうだった。一度、訊いてみたことがある。もし、プロトカルチャーの力を手に入れることができたとしたら、何を望まれるのか、と。
「力を手に入れてどうこうではない。ただ、知りたいのだ。我々の祖先がどれほど偉大だったのかを。それはどんな世界だったのかを」
ただ知ることだけのために、これほど情熱を傾けるというのは、ドールには理解し難かった。
「地球人も同じなのだな…」
ランを生きたまま捕らえるというのは、つまるところ、そういう目的が含まれていたからだったのだ。
「無事でいるのか…」
再会が叶わなかった部下の姿が浮かぶ。
あの作戦の最中も、常に心の片隅にはある恐れがあった。もしランを無事保護できたとして、本当に彼女が何もかも忘れてしまっていたら…。
それでも地球の技術でなら、彼女の記憶を取り戻すことができるかも知れない。そう信じてドールは戦いに臨んだ。が…。
窓に映りこんだ自分の姿に、ドールは語りかけた。
「それは…お前にとって本当に良い事なのだろうか…」
マクレーン中佐はじめ教導隊のメンバーは、菓子とジュースとでささやかな帰隊祝いを催してくれた。
ドールは任務遂行に失敗した自分に、皆が温かく接してくれることが不思議であった。
「なに、任務は任務、君は君だ。みんな君のことが好きだからだよ」
マクレーンは目を細めながら言い。他の隊員たちも、口々に励ましの言葉をかけた。
「とにかく、お疲れ。ドールちゃん。今度みんなでカラオケ行こうよ」
「わ…私は、ウタというものを歌ったことはないのですが…」
ドールは頬を赤らめながら答えた。
意外なその様子に、一同はどっと笑い、ドールはさらに頬を赤くした。
確かに、厳しい批判も受けた。が、一方でこのように以前と変わらぬ態度で接してくれる人もいる。
これまで、強いか弱いか、任務を遂行できるか否かで人の評価がすべて決まる世界にいた彼女にとって、新鮮でもあり、そして温かな感覚であった。
その後、格納庫で久々に愛機との対面を果たしたドールは、滑走路に出てみた。
晩夏の午後、緯度の高いマクロス・シティはすでに秋の様相で、空を満たす光は柔らかく、滑走路わきのクローバー群は陽の光を反射してきらきらと輝いていた。
滑走路の一部はフェンスで仕切られており、それ沿って歩く人物の姿があった。
アレクセイ・ベリンスキーであった。愛娘のアンナを抱きかかえ、やさしく揺すりながら歩いている。
アレクセイはドールに気が付くと微笑みながら手を振り、フェンスの向こうへと入っていった。彼もまた、これまでと全く変わらない態度で接してくれる者の一人である。
フェンスの向こう側は民間との共有区画であった。今や民間の航空会社などなく、半軍半民、いや、軍が航路と機体を民間に一部提供しているといった方が正確だろう。もちろんジャンボジェットなど存在せず、飛行機はすこぶる乗り心地の悪い輸送機しかない。
タチアナさんを迎えに行くのだな、とドールは思った。彼女が知るのは、タチアナが"シュザイ"とやらいう仕事に行ったということだけである。それ以上に詳しいことは、アレクセイは話さなかった。
ドールは何気なく、その場に立ったままフェンスの向こうを眺めていた。
間もなく空に轟音が轟き出し、一つの機影が現れた。古ぼけた輸送機は着陸するとハッチを開き、軍人、民間人合わせ十数人ほどの乗客を降ろし始めた。
それを待ちかねたように、駆け寄っていく迎えの家族や友人たち。滑走路の一角に、賑やかな声が響き渡った。
距離にすればかなりあるが、ドールの鋭い視力は、そんな人々の表情をはっきりと見て取っていた。
乗客の中に、ドールのよく知る長い金髪の女性の姿があった。
彼女は家族の姿を認めると、重そうな機材やボストンバッグをものともせずに駆け寄っていく。
タチアナは夫から我が子を受け取るとしっかりと抱きしめ、何度もキスをした。その肩を抱き寄せるアレクセイ。二人はキスを交わして再会の喜びを伝え合った。
ドールはもう、そんな光景を見ても以前のように驚いたりすることはない。
そこここに、抱き合い、喜び合う人々の姿がある。軍人、民間人関係なく、皆笑顔に満ちている。
家族に愛されたことのないドールは、それを実感として捉えることはできないが、なんとなく、良いものなのだとは感じられる。
「カゾク…か…」
ドールはぽつりとつぶやいた。
地球人たちはいつもそうだ。
あの作戦が終わり、マクロス・シティに帰還した時も見た、将兵たちと家族との再会。そしていつも正門脇の保育所で目にする、子供を迎えに来た親たち。
彼らの見せるあの顔。同じ軍人なのに、彼らは自分たちにはないあの表情を持っている…。
「……」
その時、急に脳裏にある光景が閃いた。
ミサイル攻撃を受けたアレクサンドリア・シティ。破壊された街の様子を報告する写真や映像…。
瓦礫の山も無残な死体も、ドールには見慣れたものであった。が、そこには決定的に違うものがあったことに彼女は今、気が付いた。
それは嘆く人々であった。動かぬ家族にすがりつき、身も世もなく泣き叫ぶ、残された者…。
「そうか…」
視界を覆っていた霧が急速に消えたかのように、ドールの前に一つの答えがはっきりと姿を現した。
「やっと判った…この光景が壊されるから、人々は戦争を悪とするのだ…」
アレクセイはこの日、家族で過ごすために午後休を取っており、途中、ケーキを買うと一家は官舎へと帰った。
結局、タチアナが命がけで撮った写真は、立入禁止地区に入ったことがバレて軍に大目玉を喰らうことを怖れた編集デスクの判断で、ボツになってしまっていた。が、それは彼女も想定内のことだったので、それほど気にはしていない。
彼女は自分自身のテーマを追求するために、この写真を撮り、はぐれゼントラーディ人に接触したのだから…。
一方、そのことを知ったアレクセイは、怒りこそしなかったが、妻をしっかりと抱きしめながら、懇願するように言ったのであった。
「頼むから、危険なマネだけはやめてくれよ…もし君に何かあったら、僕はもう生きていけないから…」
「そうね、ちょっと無茶しちゃったわ…ごめんなさい」
後悔はしていないが、反省はした。彼女とて夫や子供が悲しむ顔は見たくない。
ベリンスキー家の食堂には、これまでタチアナが撮った写真が数多く飾られていた。
タチアナはあの赤い髪の少女の写真で一番よく写っていたものを、以前、公園で撮ったドールの写真の隣に並べた。隠し撮りにしてはよく撮れていた。
「もう少し栄養をつけて、髪も手入れすればきっとかわいいと思うわ。可哀想に、まだ子供なのに戦争しか知らないなんて…」
「確かに似てるなぁ…」
二枚の写真を見比べながら、アレクセイは感心したようにつぶやいた。
タチアナはてきぱきとお茶の支度を済ませると、ケーキと一緒にテーブルに並べた。
真っ白なテーブルクロスに、紅茶の香り。そして手作りのキイチゴジャム。久しぶりに家族揃ってのティータイムである。
「ねぇ、ゼントラーディ人には、兄弟ってないんでしょう?」
アンナの口の端についたクリームを拭き取ってやりながら、タチアナは話題をあのゼントラーディ人の少女に戻した。
「あ、ああ…」
「クローン人間だって聞いたけど…でも、クローン人間っていうほどまでは似てないのよね…それに、他の人たちもみんな違う顔をしているわ。どうして?」
「う、うん…」
アレクセイはこの手の分野はめっぽう弱い。統合軍で使用している教範は、星間戦争の最中に作られたもので、ゼントラーディ人はクローン生物と思われる、と書いてあるのみである。
いいかげん改訂しろよ、と思いつつ、アレクセイは今度誰かに聞いておくよ、と適当にお茶を濁してその場は降伏し、ベリンスキー家の食卓はまた、楽しい家族の団欒風景となった。
17時を告げるラッパが、マクロス・ベースの内外に鳴り響いた。食堂に行く者や、自主練成に向かうトレーニングウエア姿の者が行き交う中、ドール・マロークスは司令部へと向かった。
静かな中にも活気に満ちている司令部のコントロールセンター。ドールは遠慮がちに足を踏み入れた。
「あの…早瀬少佐は…」
辺りを見回すドールに、ヴァネッサが答えた。
「ああ、少佐は今週から入校なんで、こちらにはしばらく来ないんですよ」
「入校?」
「航海学校。でも同じベース内ですから…もし少佐にご用でしたら、そちらに行かれてみては?もう課業は終了だと思いますけど、誰かはいると思いますよ」
「そうですか、ありがとう」
彼女は未沙に、地球の歴史についての話を聞きたいと思っていた。この間の資料館での会話で、彼女が歴史に詳しいのだろうと考えたからである。
地球人とゼントラーディ人、姿形は似ているのに、なぜこんなにも違うのか。ドールはそれを知りたかった。
彼らは言う。男と女が共に暮らし、子供を生み育て、歳を取っていく、それが本来の人間のある姿なのだと…ならば、ゼントラーディ人はいつから、今のような生き方をするようになったのだろう。
地球人の辿った道を知ることで、ゼントラーディ人と何が違うのか、考える参考にしたいと思ったのだが…。
それにしても航海学校とは。もう管制業務はやらないということだろうか。
きびきびとした管制指示で、信頼がおけたのに、と彼女は少々残念に思った。時々出てくるキンキン声の管制官はどうもいただけない。
当てがはずれたドールはセンターを後にした。
そのドールの尋ね人、早瀬未沙少佐は展望室にいた。
軍の学校はどこも、一日中みっちりの詰め込み授業である。やっと一日の課業が終わり、少し息抜きをしようと、シティを見渡せるこの展望室へやってきたのだ。
そこへ運悪くというか、彼女にとってあまり得意でない人物に出会ってしまった。
作戦部長、マイストロフ少将である。彼は展望室の隅の、喫煙ルームに用があるらしかった。
「ついにオフィスまで禁煙になってしまったよ…私しか居ないのにな。全く、いやな世の中になったものだ」
二十世紀末からの世界的な禁煙運動に加えて、今や煙草は超高級品である。彼やグローバルのような愛煙家がいくらぼやいても、あまり賛同は得られない。
「どうかね、勉強の方は?」
「それは大変ですわ…何しろ全くの畑違いですから」
「なぁに、秀才で鳴らした君のことだ。グローバル総司令も、それだけ君に期待をかけているということだよ」
うるさ方として知られるマイストロフであるが、根は悪い人物ではない。
少々考えが古く、官僚的な彼の人物像も、軍の高官としては標準的で、グローバルのような人間の方がむしろ例外なのだ。
「こちらも忙しくてね。例の件だ…本来なら間髪を入れず次の手を打たねばならんところだが、生憎と手元不如意だ。今、戦力の調整中だが、外敵への警戒も怠れんしな…」
「ええ…」
「今回の失敗で、ゼントラーディ人を作戦に登用することについての是非がずいぶんと議論された。様々な意見が出たが…私は思うのだ。ゼントラーディ人の始末は、やはりゼントラーディ人につけさせた方がいい」
「……」
未沙は軽く眉をひそめた。
「私は当初、彼らも同族に対しては、攻撃の手が鈍るのでないかと懸念していた。しかし、ドール中佐の指揮を見る限り、私情を交えた様子は見られない。その意味では感心させられたよ。ゼントラーディ人とはこういうものなのかとね」
「そうは仰っても、やはり同族同士が戦えば、将来に禍根を残すことになりかねませんわ」
それに対するマイストロフの言葉は冷たかった。
「人間同士ならな。が、彼らは血縁を持たん。そりゃあ、彼らも仲間が殺されれば口惜しいだろう。しかし、我々が家族を失うのとは根本的に違う」
「ですが…」
「もとより、彼らはそのために生み出されたのではないかね」
マイストロフのその一言に、未沙はひんやりとした感覚を覚えた。
「部長、そのお話は…」
「ゼントラーディ人はプロトカルチャーの正統な末裔などではなく、はじめから戦争のための奴隷として作られた生物だ…研究者たちの間でそれが主流になっているのは知っているよ」
「まだ仮説に過ぎませんわ」
未沙は無駄な抵抗を試みてみた。
「いや、至極当然な考えだよ。そう考えた方がはるかにつじつまが合う。あれだけのテクノロジーを持っているなら、身体頑強、命令には絶対服従の、粒ぞろいの兵士を作ろうと思わない方がおかしい。そうすれば自らの命を危険にさらして戦う必要などない…」
「……」
「プロトカルチャーというのは頭のいい連中だったのだな。戦争というものがなぜ悲劇か。それはごく普通の善良な人々を殺人者にして、別の善良な人から家族を奪うからだ。家族を奪われた者は、憎しみに満ちた復讐者となり、そして次の戦争を生み出していく…しかし最初から戦うためだけの、家族もない、悲しむ者もいない兵士たちを戦わせれば、何のあとくされもなかろう」
「……」
「つまるところあの巨人たちは、プロトカルチャーの戦争ごっこの道具…玩具の兵隊のようなものなのだよ」
マイストロフの言い方に嫌悪感を感じながらも、未沙の軍人としての側面は、この話を否定しようがなかった。
しかし、これから両種族が共存していこうという時に、この話が一般に広まってしまうのは好ましいとは思えない。
もし、この話がゼントラーディ人たちの耳に入ったとしたらどうだろう。自分たちが戦争のために作られた人種だと知ったら、傷付くことになるのではないか。また、地球人が彼らを意味もなく恐れ、差別する根拠になりはしないだろうか…。
自説を展開し終えたマイストロフは喫煙室に入っていき、未沙は晴れぬ思いのまま、展望室を出ようとした。
が、そこにいた思わぬ人物の姿に、彼女は息を飲んだ。
背の高い、空色の髪の女性士官…。
「あ…」
未沙は必要以上に驚き、思わず後ずさりしてしまった。
「あの…中佐…」
ドールは静かに立っていた。微笑むでもなく、怒りでも悲しみでも、落胆でもなく、全く平静でありながら力強さに満ちている、彼女の知るドール・マロークスのいつもの姿であった。
「…もしかして、今の話を…」
心の汗を必死に拭いながら、未沙はおずおずと訊ねた。その様子が、彼女の後ろめたさを雄弁に語ってしまっていた。
ドールがかすかに表情を緩めたのは、そんな未沙の正直さに好感を覚えたからかも知れない。
「地球人の中には、ゼントラーディ人を愚かだ、哀れだと言う人がいます。私たちが戦いしか知らないから…。ですが、私達は今、戦い以外のこともどんどん学んでいます。そうすれば、我々はもう愚かではありません」
「え、ええ…もちろんですわ…」
未沙は本心から頷いた。
「ではお聞きします。私たちのように『生産』された人間は、『両親』から生まれた人間より劣るのですか?」
「いいえ、決してそんなことはないわ」
ドールはフッと軽く笑った。
「でしたら…どうか我々を哀れまないで下さい。我々は誇りある種族です。憎しみや蔑みには耐えられますが、哀れみをかけられるのはたまらないのです」
未沙はハッとなった。
「ええ…本当に…その通りですわ…中佐…ごめんなさい…」
彼女は、かつて自分がゼントラーディ人を『戦いしか知らない悲しい人たち』だと言ったことを恥じた。
なんと傲慢な考えだったのだろう。この人は、いやゼントラーディ人は、こんなにも誇り高い人々だというのに。
どのようにこの世に誕生したにせよ、彼らは、与えられた生を懸命に生きてきたのだ。
傷付くかも知れないなどと思うこと自体、無意識に彼らを下に見ていた証拠ではないか。
彼らの出自を知ってなお、共存の道を歩むのか、平等を貫けるのか、すべては自分たち地球人の問題なのだ。
恥入った様子で立ちすくむ未沙に、ドールは穏やかな微笑みをかけた。
「お聞きしたいことがあったのですが…もう結構です。少佐、失礼します…」
そして優雅な敬礼を残すと、未沙の前から去っていった。
展望室を後にしたドールは、ひんやりとした通路を歩きながら、この星に来てから知った、多くの事柄をかみしめた。
彼女自身、薄々と感じていたのだ。ゼントラーディ人の不自然さを。50万年もの間、何も変わらず、変わろうともせず、新しいものを作り出すこともせず、戦い続けてきた自分たちの不自然さを。地球人と相対することによって初めて気づいたのだ…。
ドールは敬愛していた、かつての上官を思い出した。長い銀髪と凍てつくような眼光を持つその人は、ゼントラーディ人の中にあって珍しく、プロトカルチャーに強い興味を持っていた。
――我々の祖先は偉大だった。だが、今の体たらくはどうだ…。
「そうではないのです…閣下。我々は、最初から何も与えられてはいなかったのです…」
しかし、特別隊の任務が終わるということは、ランの行方についての情報を知る立場になくなるということである。
"狼旅団"との戦闘が行われた場所については、一通りの調査・回収が終了していたが、その報告の中で、ランのものらしき死体が発見されたとの報はない。つまり、まだ生きている可能性はあるという事だった。
もちろん、ドールはそれに関して自分から触れることはない。そんな彼女にエキセドルは、もしランの消息に関する情報を得たら必ず伝える、と約束した。
「彼らもあれからすっかりなりをひそめておりますな。残骸の調査からも、直接戦闘力の30パーセントは失われたと見ていいでしょう。そのあたりの評価はしていただきたいと思うのですがなぁ」
司令部の評価は不当に低い、とエキセドルは不満げであった。
「しかし、彼らとてまたいずれ食料に困れば、出てこざるを得ないでしょうね…」
「その日はそう遠くないと思います。その時は…統合軍も徹底的な殲滅作戦をとるしかないでしょう…」
「…分かっております…」
「中佐、保護するチャンスがゼロになったわけではありません。私としても、あなたの部下には生きていてもらいたい…なにしろ、今、この地球上に生きている記録参謀は8人だけなのです…彼女を含めて」
記録参謀が乗艦していたと思しき艦は、23隻が地球上に確認されていたが、墜落の際に命を落としたり、機密保全のために殺されたりして、その8名しか残っていないのだという。
その記録参謀たちと地球の研究者とで協力し、現在進めているプロジェクトがあるのだと彼は語った。
「プロジェクト?」
「プロトカルチャーについての研究。そして我々自身の研究です」
「…?」
「地球側からの要望で始まりましてな…彼らは、伝説のプロトカルチャーとは何か、ということに大変興味を持っているらしいのです」
「……」
あの眼鏡の軍医が言っていたのは、このことだったのか。
改めて、地球人とは不思議だとドールは思った。なぜ、彼らはそのようなことを知りたがるのだろう。
「地球人は、プロトカルチャーの生き残りなのでしょう?」
「少なくとも、ボドル・ザー閣下はそう結論づけておられましたな」
エキセドルの答えは、どことなく意味深長であった。
「私自身、それについては大いに興味があります。まぁ、マクロスとの戦いがなければ、そうはならなかったと思いますが…しかし、実のところ、プロトカルチャーとは何なのか、正確に知る者は誰もいない。私の持っている知識などたかが知れているのです」
「それで、ランを…?」
「あなたの部下は、私と同じゼム級の記録参謀ですが、艦隊のランクは第一位のレグナル級…基幹艦隊の中央データベースの、Aランク情報にまでアクセスする権限があったはず。ぜひとも、我々の研究チームに加わっていただきたかったのですが…」
「……」
エキセドルは、ドールの顔色がかすかに変化したのに気がついたようだった。
「…どうかなさいましたか?」
「い、いえ…」
ドールはすぐにいつもの表情に戻り、二人は地球流の挨拶である"握手"を交わして互いの労をねぎらい、これをもって特別部隊は解散となった。
執務室に一人残ったドールは窓ガラスに体を預け、眼下に広がる基地の様子を眺めながら、先ほどのエキセドルの話を思い返した。
「…なぜ、みんなプロトカルチャーの事など知りたがるのだ…」
かつての上官もそうだった。一度、訊いてみたことがある。もし、プロトカルチャーの力を手に入れることができたとしたら、何を望まれるのか、と。
「力を手に入れてどうこうではない。ただ、知りたいのだ。我々の祖先がどれほど偉大だったのかを。それはどんな世界だったのかを」
ただ知ることだけのために、これほど情熱を傾けるというのは、ドールには理解し難かった。
「地球人も同じなのだな…」
ランを生きたまま捕らえるというのは、つまるところ、そういう目的が含まれていたからだったのだ。
「無事でいるのか…」
再会が叶わなかった部下の姿が浮かぶ。
あの作戦の最中も、常に心の片隅にはある恐れがあった。もしランを無事保護できたとして、本当に彼女が何もかも忘れてしまっていたら…。
それでも地球の技術でなら、彼女の記憶を取り戻すことができるかも知れない。そう信じてドールは戦いに臨んだ。が…。
窓に映りこんだ自分の姿に、ドールは語りかけた。
「それは…お前にとって本当に良い事なのだろうか…」
* * *
マクレーン中佐はじめ教導隊のメンバーは、菓子とジュースとでささやかな帰隊祝いを催してくれた。
ドールは任務遂行に失敗した自分に、皆が温かく接してくれることが不思議であった。
「なに、任務は任務、君は君だ。みんな君のことが好きだからだよ」
マクレーンは目を細めながら言い。他の隊員たちも、口々に励ましの言葉をかけた。
「とにかく、お疲れ。ドールちゃん。今度みんなでカラオケ行こうよ」
「わ…私は、ウタというものを歌ったことはないのですが…」
ドールは頬を赤らめながら答えた。
意外なその様子に、一同はどっと笑い、ドールはさらに頬を赤くした。
確かに、厳しい批判も受けた。が、一方でこのように以前と変わらぬ態度で接してくれる人もいる。
これまで、強いか弱いか、任務を遂行できるか否かで人の評価がすべて決まる世界にいた彼女にとって、新鮮でもあり、そして温かな感覚であった。
その後、格納庫で久々に愛機との対面を果たしたドールは、滑走路に出てみた。
晩夏の午後、緯度の高いマクロス・シティはすでに秋の様相で、空を満たす光は柔らかく、滑走路わきのクローバー群は陽の光を反射してきらきらと輝いていた。
滑走路の一部はフェンスで仕切られており、それ沿って歩く人物の姿があった。
アレクセイ・ベリンスキーであった。愛娘のアンナを抱きかかえ、やさしく揺すりながら歩いている。
アレクセイはドールに気が付くと微笑みながら手を振り、フェンスの向こうへと入っていった。彼もまた、これまでと全く変わらない態度で接してくれる者の一人である。
フェンスの向こう側は民間との共有区画であった。今や民間の航空会社などなく、半軍半民、いや、軍が航路と機体を民間に一部提供しているといった方が正確だろう。もちろんジャンボジェットなど存在せず、飛行機はすこぶる乗り心地の悪い輸送機しかない。
タチアナさんを迎えに行くのだな、とドールは思った。彼女が知るのは、タチアナが"シュザイ"とやらいう仕事に行ったということだけである。それ以上に詳しいことは、アレクセイは話さなかった。
ドールは何気なく、その場に立ったままフェンスの向こうを眺めていた。
間もなく空に轟音が轟き出し、一つの機影が現れた。古ぼけた輸送機は着陸するとハッチを開き、軍人、民間人合わせ十数人ほどの乗客を降ろし始めた。
それを待ちかねたように、駆け寄っていく迎えの家族や友人たち。滑走路の一角に、賑やかな声が響き渡った。
距離にすればかなりあるが、ドールの鋭い視力は、そんな人々の表情をはっきりと見て取っていた。
乗客の中に、ドールのよく知る長い金髪の女性の姿があった。
彼女は家族の姿を認めると、重そうな機材やボストンバッグをものともせずに駆け寄っていく。
タチアナは夫から我が子を受け取るとしっかりと抱きしめ、何度もキスをした。その肩を抱き寄せるアレクセイ。二人はキスを交わして再会の喜びを伝え合った。
ドールはもう、そんな光景を見ても以前のように驚いたりすることはない。
そこここに、抱き合い、喜び合う人々の姿がある。軍人、民間人関係なく、皆笑顔に満ちている。
家族に愛されたことのないドールは、それを実感として捉えることはできないが、なんとなく、良いものなのだとは感じられる。
「カゾク…か…」
ドールはぽつりとつぶやいた。
地球人たちはいつもそうだ。
あの作戦が終わり、マクロス・シティに帰還した時も見た、将兵たちと家族との再会。そしていつも正門脇の保育所で目にする、子供を迎えに来た親たち。
彼らの見せるあの顔。同じ軍人なのに、彼らは自分たちにはないあの表情を持っている…。
「……」
その時、急に脳裏にある光景が閃いた。
ミサイル攻撃を受けたアレクサンドリア・シティ。破壊された街の様子を報告する写真や映像…。
瓦礫の山も無残な死体も、ドールには見慣れたものであった。が、そこには決定的に違うものがあったことに彼女は今、気が付いた。
それは嘆く人々であった。動かぬ家族にすがりつき、身も世もなく泣き叫ぶ、残された者…。
「そうか…」
視界を覆っていた霧が急速に消えたかのように、ドールの前に一つの答えがはっきりと姿を現した。
「やっと判った…この光景が壊されるから、人々は戦争を悪とするのだ…」
* * *
アレクセイはこの日、家族で過ごすために午後休を取っており、途中、ケーキを買うと一家は官舎へと帰った。
結局、タチアナが命がけで撮った写真は、立入禁止地区に入ったことがバレて軍に大目玉を喰らうことを怖れた編集デスクの判断で、ボツになってしまっていた。が、それは彼女も想定内のことだったので、それほど気にはしていない。
彼女は自分自身のテーマを追求するために、この写真を撮り、はぐれゼントラーディ人に接触したのだから…。
一方、そのことを知ったアレクセイは、怒りこそしなかったが、妻をしっかりと抱きしめながら、懇願するように言ったのであった。
「頼むから、危険なマネだけはやめてくれよ…もし君に何かあったら、僕はもう生きていけないから…」
「そうね、ちょっと無茶しちゃったわ…ごめんなさい」
後悔はしていないが、反省はした。彼女とて夫や子供が悲しむ顔は見たくない。
ベリンスキー家の食堂には、これまでタチアナが撮った写真が数多く飾られていた。
タチアナはあの赤い髪の少女の写真で一番よく写っていたものを、以前、公園で撮ったドールの写真の隣に並べた。隠し撮りにしてはよく撮れていた。
「もう少し栄養をつけて、髪も手入れすればきっとかわいいと思うわ。可哀想に、まだ子供なのに戦争しか知らないなんて…」
「確かに似てるなぁ…」
二枚の写真を見比べながら、アレクセイは感心したようにつぶやいた。
タチアナはてきぱきとお茶の支度を済ませると、ケーキと一緒にテーブルに並べた。
真っ白なテーブルクロスに、紅茶の香り。そして手作りのキイチゴジャム。久しぶりに家族揃ってのティータイムである。
「ねぇ、ゼントラーディ人には、兄弟ってないんでしょう?」
アンナの口の端についたクリームを拭き取ってやりながら、タチアナは話題をあのゼントラーディ人の少女に戻した。
「あ、ああ…」
「クローン人間だって聞いたけど…でも、クローン人間っていうほどまでは似てないのよね…それに、他の人たちもみんな違う顔をしているわ。どうして?」
「う、うん…」
アレクセイはこの手の分野はめっぽう弱い。統合軍で使用している教範は、星間戦争の最中に作られたもので、ゼントラーディ人はクローン生物と思われる、と書いてあるのみである。
いいかげん改訂しろよ、と思いつつ、アレクセイは今度誰かに聞いておくよ、と適当にお茶を濁してその場は降伏し、ベリンスキー家の食卓はまた、楽しい家族の団欒風景となった。
* * *
17時を告げるラッパが、マクロス・ベースの内外に鳴り響いた。食堂に行く者や、自主練成に向かうトレーニングウエア姿の者が行き交う中、ドール・マロークスは司令部へと向かった。
静かな中にも活気に満ちている司令部のコントロールセンター。ドールは遠慮がちに足を踏み入れた。
「あの…早瀬少佐は…」
辺りを見回すドールに、ヴァネッサが答えた。
「ああ、少佐は今週から入校なんで、こちらにはしばらく来ないんですよ」
「入校?」
「航海学校。でも同じベース内ですから…もし少佐にご用でしたら、そちらに行かれてみては?もう課業は終了だと思いますけど、誰かはいると思いますよ」
「そうですか、ありがとう」
彼女は未沙に、地球の歴史についての話を聞きたいと思っていた。この間の資料館での会話で、彼女が歴史に詳しいのだろうと考えたからである。
地球人とゼントラーディ人、姿形は似ているのに、なぜこんなにも違うのか。ドールはそれを知りたかった。
彼らは言う。男と女が共に暮らし、子供を生み育て、歳を取っていく、それが本来の人間のある姿なのだと…ならば、ゼントラーディ人はいつから、今のような生き方をするようになったのだろう。
地球人の辿った道を知ることで、ゼントラーディ人と何が違うのか、考える参考にしたいと思ったのだが…。
それにしても航海学校とは。もう管制業務はやらないということだろうか。
きびきびとした管制指示で、信頼がおけたのに、と彼女は少々残念に思った。時々出てくるキンキン声の管制官はどうもいただけない。
当てがはずれたドールはセンターを後にした。
そのドールの尋ね人、早瀬未沙少佐は展望室にいた。
軍の学校はどこも、一日中みっちりの詰め込み授業である。やっと一日の課業が終わり、少し息抜きをしようと、シティを見渡せるこの展望室へやってきたのだ。
そこへ運悪くというか、彼女にとってあまり得意でない人物に出会ってしまった。
作戦部長、マイストロフ少将である。彼は展望室の隅の、喫煙ルームに用があるらしかった。
「ついにオフィスまで禁煙になってしまったよ…私しか居ないのにな。全く、いやな世の中になったものだ」
二十世紀末からの世界的な禁煙運動に加えて、今や煙草は超高級品である。彼やグローバルのような愛煙家がいくらぼやいても、あまり賛同は得られない。
「どうかね、勉強の方は?」
「それは大変ですわ…何しろ全くの畑違いですから」
「なぁに、秀才で鳴らした君のことだ。グローバル総司令も、それだけ君に期待をかけているということだよ」
うるさ方として知られるマイストロフであるが、根は悪い人物ではない。
少々考えが古く、官僚的な彼の人物像も、軍の高官としては標準的で、グローバルのような人間の方がむしろ例外なのだ。
「こちらも忙しくてね。例の件だ…本来なら間髪を入れず次の手を打たねばならんところだが、生憎と手元不如意だ。今、戦力の調整中だが、外敵への警戒も怠れんしな…」
「ええ…」
「今回の失敗で、ゼントラーディ人を作戦に登用することについての是非がずいぶんと議論された。様々な意見が出たが…私は思うのだ。ゼントラーディ人の始末は、やはりゼントラーディ人につけさせた方がいい」
「……」
未沙は軽く眉をひそめた。
「私は当初、彼らも同族に対しては、攻撃の手が鈍るのでないかと懸念していた。しかし、ドール中佐の指揮を見る限り、私情を交えた様子は見られない。その意味では感心させられたよ。ゼントラーディ人とはこういうものなのかとね」
「そうは仰っても、やはり同族同士が戦えば、将来に禍根を残すことになりかねませんわ」
それに対するマイストロフの言葉は冷たかった。
「人間同士ならな。が、彼らは血縁を持たん。そりゃあ、彼らも仲間が殺されれば口惜しいだろう。しかし、我々が家族を失うのとは根本的に違う」
「ですが…」
「もとより、彼らはそのために生み出されたのではないかね」
マイストロフのその一言に、未沙はひんやりとした感覚を覚えた。
「部長、そのお話は…」
「ゼントラーディ人はプロトカルチャーの正統な末裔などではなく、はじめから戦争のための奴隷として作られた生物だ…研究者たちの間でそれが主流になっているのは知っているよ」
「まだ仮説に過ぎませんわ」
未沙は無駄な抵抗を試みてみた。
「いや、至極当然な考えだよ。そう考えた方がはるかにつじつまが合う。あれだけのテクノロジーを持っているなら、身体頑強、命令には絶対服従の、粒ぞろいの兵士を作ろうと思わない方がおかしい。そうすれば自らの命を危険にさらして戦う必要などない…」
「……」
「プロトカルチャーというのは頭のいい連中だったのだな。戦争というものがなぜ悲劇か。それはごく普通の善良な人々を殺人者にして、別の善良な人から家族を奪うからだ。家族を奪われた者は、憎しみに満ちた復讐者となり、そして次の戦争を生み出していく…しかし最初から戦うためだけの、家族もない、悲しむ者もいない兵士たちを戦わせれば、何のあとくされもなかろう」
「……」
「つまるところあの巨人たちは、プロトカルチャーの戦争ごっこの道具…玩具の兵隊のようなものなのだよ」
マイストロフの言い方に嫌悪感を感じながらも、未沙の軍人としての側面は、この話を否定しようがなかった。
しかし、これから両種族が共存していこうという時に、この話が一般に広まってしまうのは好ましいとは思えない。
もし、この話がゼントラーディ人たちの耳に入ったとしたらどうだろう。自分たちが戦争のために作られた人種だと知ったら、傷付くことになるのではないか。また、地球人が彼らを意味もなく恐れ、差別する根拠になりはしないだろうか…。
自説を展開し終えたマイストロフは喫煙室に入っていき、未沙は晴れぬ思いのまま、展望室を出ようとした。
が、そこにいた思わぬ人物の姿に、彼女は息を飲んだ。
背の高い、空色の髪の女性士官…。
「あ…」
未沙は必要以上に驚き、思わず後ずさりしてしまった。
「あの…中佐…」
ドールは静かに立っていた。微笑むでもなく、怒りでも悲しみでも、落胆でもなく、全く平静でありながら力強さに満ちている、彼女の知るドール・マロークスのいつもの姿であった。
「…もしかして、今の話を…」
心の汗を必死に拭いながら、未沙はおずおずと訊ねた。その様子が、彼女の後ろめたさを雄弁に語ってしまっていた。
ドールがかすかに表情を緩めたのは、そんな未沙の正直さに好感を覚えたからかも知れない。
「地球人の中には、ゼントラーディ人を愚かだ、哀れだと言う人がいます。私たちが戦いしか知らないから…。ですが、私達は今、戦い以外のこともどんどん学んでいます。そうすれば、我々はもう愚かではありません」
「え、ええ…もちろんですわ…」
未沙は本心から頷いた。
「ではお聞きします。私たちのように『生産』された人間は、『両親』から生まれた人間より劣るのですか?」
「いいえ、決してそんなことはないわ」
ドールはフッと軽く笑った。
「でしたら…どうか我々を哀れまないで下さい。我々は誇りある種族です。憎しみや蔑みには耐えられますが、哀れみをかけられるのはたまらないのです」
未沙はハッとなった。
「ええ…本当に…その通りですわ…中佐…ごめんなさい…」
彼女は、かつて自分がゼントラーディ人を『戦いしか知らない悲しい人たち』だと言ったことを恥じた。
なんと傲慢な考えだったのだろう。この人は、いやゼントラーディ人は、こんなにも誇り高い人々だというのに。
どのようにこの世に誕生したにせよ、彼らは、与えられた生を懸命に生きてきたのだ。
傷付くかも知れないなどと思うこと自体、無意識に彼らを下に見ていた証拠ではないか。
彼らの出自を知ってなお、共存の道を歩むのか、平等を貫けるのか、すべては自分たち地球人の問題なのだ。
恥入った様子で立ちすくむ未沙に、ドールは穏やかな微笑みをかけた。
「お聞きしたいことがあったのですが…もう結構です。少佐、失礼します…」
そして優雅な敬礼を残すと、未沙の前から去っていった。
展望室を後にしたドールは、ひんやりとした通路を歩きながら、この星に来てから知った、多くの事柄をかみしめた。
彼女自身、薄々と感じていたのだ。ゼントラーディ人の不自然さを。50万年もの間、何も変わらず、変わろうともせず、新しいものを作り出すこともせず、戦い続けてきた自分たちの不自然さを。地球人と相対することによって初めて気づいたのだ…。
ドールは敬愛していた、かつての上官を思い出した。長い銀髪と凍てつくような眼光を持つその人は、ゼントラーディ人の中にあって珍しく、プロトカルチャーに強い興味を持っていた。
――我々の祖先は偉大だった。だが、今の体たらくはどうだ…。
「そうではないのです…閣下。我々は、最初から何も与えられてはいなかったのです…」
この記事へのコメント
待ってました!!
今回はドールさん回ですね。アゾニア軍団の出番がなくてちょっと残念ですが、とてもよかったと思います。
ところでらんこさん、前回の冬コミから四ヶ月半が過ぎ、暦の上では次の夏コミへの折り返し地点ですが、ブログのコミケレポはいつ頃になるでしょうか?
ところでらんこさん、前回の冬コミから四ヶ月半が過ぎ、暦の上では次の夏コミへの折り返し地点ですが、ブログのコミケレポはいつ頃になるでしょうか?
2010/04/18(日) 09:41:20 | URL | 蚕霖軽虎 #b3nh3SZE[ 編集]
●蚕霖軽虎さん
いつも待っててくださってありがとうございます。
>コミケレポ
ごめんなさい!待っててくれた方がいたとは...
なんかずるずると時が経つうちに、タイミングを逸してしまって、記憶も薄れて、いいやー...みたいになっちゃったんですよー。ホントにすみません(汗)
次はがんばります......
いつも待っててくださってありがとうございます。
>コミケレポ
ごめんなさい!待っててくれた方がいたとは...
なんかずるずると時が経つうちに、タイミングを逸してしまって、記憶も薄れて、いいやー...みたいになっちゃったんですよー。ホントにすみません(汗)
次はがんばります......
2010/04/20(火) 23:18:29 | URL | 作者。 #f4U/6FpI[ 編集]
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2020/10/07(水) 22:37:45 | | #[ 編集]
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