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TVアニメ「超時空要塞マクロス」の二次創作を公開しています。
§3 偵察行
 アゾニアは高揚感のただ中にあった。
「すごい…すごいぞ…」
 道端で偶然、きらきら光るガラス玉を拾った少年のように、アゾニアは頬を紅潮させてつぶやいた。その拾い物、記録参謀ラン・アルスールは彼女の目には、あたかも空から降ってきた幸運のマスコットのごとくに映っていた。
 アゾニアはよく一人で偵察に出ることが多かったが、その日以来、必ずランを伴うようになった。野営地においても、どこへ行くにも連れ回した。
 師団長にでもなった気分でいるんだよね。と、ドルシラは黒い巻毛を揺らしながら肩をすくめてみせたが、悪意ではない。彼女は女ボスとのつき合いは長く、舞い上がって自分を見失なうようなタイプでないことはよく分かっていた。
 むしろ釈然としない思いを抱いていたのはフィムナであったかもしれない。部隊の格からいえば、レグナル級の分岐艦隊と師団では天と地ほどの差がある。そのナンバー2であった身が、たかが大隊長の後をくっついてまわっている姿を見るのは、決して愉快な眺めとは言えなかった。
 ランがここでの生活に不満を漏らすことがあるとすれば、その清潔とはいえない環境であった。歩けば靴にこびりつく汚い泥と雪。体を拭きたいから湯をくれと申し出れば、燃料がもったいないからこれで我慢してくれと、雪を溶かした水を出される。衣類の替えも充分ではない。「シャワーが浴びたい、熱いシャワーが…」フィムナは上官がつぶやくのを何度も耳にした。
 そんなランに彼女はそれとなくただしてみた。
「参謀…いいんですか?このままずっとここに居るおつもりなんですか?この連中と」
 その途端、快活な赤い瞳は元気をなくして下を向いてしまった。
「じゃあ…どこに行けばいいって言うの…」
「……」
 ランもフィムナも、優れた頭脳の持ち主でありながら、この予想外の状況に対応する術を全く持ち合わせていなかった。二人ともこれまで一度たりとも自分の判断で行動したことなどない。するべき事は、いつも与えられていた。
「ここに居れば、少なくともお腹空くことはないし…」
 その代わりに、きわめて現実的な解答をランは口にした。耐え難い空腹も、彼女にとってはこの星での初めての経験であった。
 そして少女は、何故か頬を赤らめた。
「それに、あのアゾニアって…すごいと思うんだ。私たちと違って、上からの命令なんかなくても何をしたらいいか、ちゃんと分かってるみたい。助けてもらったんだし、こんな訳の分からない星だもの…私、あの人の側にいたいな」
「参謀…」
 その様子が、フィムナをひどく戸惑わせた。彼女が今まで知っているランであったら、果たしてこのような事は口にするだろうか…

 その日の夕刻、アゾニアはボディアーマーを身に着け、偵察に出る準備を整えていた。
 使用する偵察用小型車両は、脚がなく、重力制御装置を利用して車体を浮かして推進するタイプで、彼女の部隊にはこのタイプの車両が一番多い。武装は車載のエネルギーキャノンだけであるが、アゾニアに言わせれば「それで充分」であった。それに食糧や水缶、毛布などを詰め込むと、通信機の調子を確認する。
「ラン、一緒に来い」
 天幕から赤い頭がひょっこりとのぞいた。ランは臨時の上官が出発準備をしているのを見ると駆け寄ってきて、いそいそと車両に乗り込んだ。
「ちょっと遠出するからな。2、3日かかるかもしれん。留守番頼むぞ」
 アゾニアは先だってランが示した、敵の拠点がある可能性が高いという地点を調べるつもりでいた。いずれ敵との戦闘は避けられない。指揮官であるアゾニア自らが敵の姿を目に納めておく必要があった。
「じゃ、行ってくるね、フィムナ」
 遠ざかる車両の上から手を振るランを見送りながら、フィムナは小さくため息をついた。
 彼女にとって、上官のこのところの様子は理解し難いものがあった。一見、以前と変わらぬようでいながら、時々見せる無機質で無気力な表情。微妙な差だったが、フィムナには心痛い変異であった。
 天幕に戻ろうとして、彼女は硬直した。行く手を遮るように立っていたのは、亜麻色の髪を後ろになでつけた細身の男――ソルダムであった。腕組みをしたまま、彼は口を開いた。
「おい」
 フィムナはたじろいだ。できれば、話しかけてほしくない相手であった。ソルダム個人を嫌っていたのではなく、男の兵士とあまり関わり合いになりたくなかったからだが、しかし、それはソルダムにとっても、いや、この軍団の将兵全員にとっても同じことであった。協力体制は敷いているものの、誰も皆、異性の者には必要な時以外、むやみに話しかけたりはしていなかった。
 が、いまこの男は、きわめて重大な用件をたずさえていた。
「言い忘れている事を言ってもらうぞ」
 フィムナの表情は強張った。
「え…」
 思わず二、三歩下がったフィムナに向かって、ソルダムは大股に一歩踏みだし、彼女の一番訊かれたくない質問をぶつけてきた。
「ランだ。あいつは頭を打ってるな。いつ、どんな風にだ」
「……」
 青に近い紫色の瞳が見開かれ、大きくゆらめくと、ソルダムの視線を避けるように地面近くを泳いだ。口元がわずかに動いたが、言葉になることなく、少量の白い息のかたまりとなっただけであった。
 その様子を見て、ソルダムの声に重量がました。
「下手すりゃ命にかかわるぞ!なぜ隠す!」
 不吉な言葉を叩きつけられ、フィムナは動揺の色を隠せなかった。
「一見元気だと思って安心するなよ。あいつが時々、魂が抜けたみたいなツラしてるのをお前だって気づいてるだろう。アゾニアはあの通り、今は浮かれてるがな、奴だってそのうち気が付くさ」
「……」
 フィムナ自身、不安をしまっておくのは限界に近づいていた。医療の心得があるらしき目の前の男を、ここは信用する他なかった。

「しばらく意識がなかったァ!?」
 あまりにソルダムが素っ頓狂な声をあげたので、フィムナはあわてて周囲を見回さねばならなかった。
「しーっ」
 武器庫として使用している一角は、普段あまり人影はない。密談は、ここで行われていた。
「で、それを知っててあんな距離を歩かせたのか」
 必死で唇に指をあてるフィムナを無視し、ソルダムの声はボリュームを上げた。
「だ、だって…私は別に…」
 男の声に怒鳴られたことなどないフィムナは激しく狼狽し、自分が三階級も下の者に問いつめられているという事など失念してしまっていた。
 彼女の動揺ぶりに気付いたソルダムは、声のトーンを落とした。
「とにかく、なんで話さなかったんだ」
「だって…もし…記録参謀が頭に故障…なんて知れたら…」
「アホ!」
 苦虫を噛み潰したような顔で、ソルダムは吐き捨てた。
「ここは基幹艦隊司令部じゃねえ。下らない心配するな」
 フィムナの、濃い色の金髪が揺れた。
「どうしよう…」
「どうしようじゃねぇよ。とにかく頭を打ったときの状況を話せ。どのぐらい意識を失ってたんだ」
 フィムナは再び口ごもった。
「…10日…ぐらい…」
「とぉかァ!?」
 さっき以上に素っ頓狂な声をあげたソルダムを、またフィムナはなだめなければいけなかった。
 青年の憤気に押される形で、彼女はこれまでの経緯を話した。
 それによると、彼女らの乗艦がこの星の地表に叩きつけられた際、ランは頭部を強打してしまったらしい。
 艦の動力はすべて止まり、治療設備も何の役にも立たなかった。仕方なく安静だけは保つようにしたものの、有効な治療というほどのことは出来なかった。
 そして、全く意識のないまま、10日ほどが過ぎ去った。
「多分…もうダメなんだと私も思った…けど、いきなり目を覚ましたんだ。参謀は。それで…」
「それで?」
 偽装網からこぼれ出るかすかな薄明かりが、縞模様となってフィムナの端正な顔に映りこんでいた。その口から出てきたのは、ソルダムにはにわかには信じられぬ話だった。
 目を覚ましたランは、突然狂ったように暴れだし、そのまま仲間の元を飛び出してしまったのだという。
 あわてて追いかけたフィムナは、なんとか彼女をつかまえたが、足を滑らせ、近くを走っていた黒い流れの一つに落ちてしまった。
 どのくらい流されたのかは見当もつかない。やっとのことで岸に引っ張り上げたが、再び意識を取り戻したランに、平静さは戻っていたものの――
「覚えてないと言うんだ。目を覚ました前後のことを…無理に聞いても、余計混乱しちゃうみたいだし、結局、自分たちが何処にいるかも分からなくなっちゃったし…」
「それであてもなくウロついてたって訳か」
 それで合点がいった。フィムナのランに対する異様な気の遣いかたが。
「まぁ、頭を強打して記憶に異常をきたすって話は聞いたことあるけどな…」
「どうしたらいいだろう…」
「どうしたらって…」
 フィムナの深刻かつ予測外の問いに、ソルダムは頭を掻いた。いくら彼でも記憶の事など門外漢である。
 それよりも、彼が気にかけていたのはもっと別の問題であった。今はまだ眠っている、深刻な後遺症があるかも知れないのだ。第一、頭を打って意識不明になった人間が、そこまで時間が経ってから急に目覚めるなどというのは考えにくかった。
「少し様子を見るか…」
「ちょっと、人に無理矢理話させといて、それだけ?記録参謀が記憶を失くすってのはね…!」
 ソルダムは、青紫色の視線があまりに雄弁に自分を非難するのに気圧され、また頭を掻いた。どうやら目の前の相手は、あの少女の軍における立場というものが、最も気になるらしい。
(基幹艦隊はなくなったって、言ったくせによ)
「とにかく、覚えてないのはその何日間かのことだろ…?それより、体の方に異常がないか気にしてやれよ」
 ソルダムは改めて、意識を失った時のランに、鼻や耳からの出血がなかったかを訊ね、否、との解答を得ると、少しでもおかしな兆候があったら知らせるように言い含め、武器庫を後にした。

 夜通し走ったアゾニアの偵察車は、ゆるやかな丘陵地帯に入っていた。時刻はすでに黎明の頃を迎えようとしており、文字通りの暗闇から、ほんのわずかではあるが、丘の稜線が空と区別できるようになってきていた。
 星明かりも人工の光もなく、地形データを集めながら、という頼りない道行きも、アゾニアにとっては慣れっこであった。冷たい風が頬を叩くのも心地よい。アゾニアは風が好きだった。宇宙では決して感じることのできない風が。
 夜明けと共に、丘の頂にさしかかった。そのあたりは雪は少なく、ごつごつした岩肌が所々で荒々しい素顔を見せている。
 そろそろ目指す地点が目視できるはずだと確信したアゾニアは、車両を止めた。車体は石ころだらけの斜面に半ば寄り添うようにして、着陸脚をおろす。
 女戦士は銃をかついで車両から降りた。
 その後を追おうとするランに、すかさずアゾニアの声が飛ぶ。
「コラ、ポッドから離れる時は、必ず銃を持てって言っただろ」
「だって、重いんだもん…これ」
「ぐずぐず言うな。もしあたしと離れてる時に、敵に出くわしたらどうするんだよ」
 地上兵としてのアゾニアは、こんな時、全く容赦がなかった。ランが渋るのも無理はない。宇宙で使用するビーム銃に比べて、彼女ら地上兵の使う実弾使用のアサルトライフルは、かなり重いものだった。
「なんだよもう、いばっちゃって…」
 口の中で小さく文句を言うランを尻目に、丘の頂上を目指す。薄い雪の下の砂礫に足をとられつつも、前方が見えるところまで斜面をよじ登ったアゾニアは、その瞬間息を飲んだ。
 眼前に、巨大な物体がそびえ立っていた。
 はるか遠方であるのに、遠近法を間違えた絵のごとく、異様な存在感をもって視界の一部を占領する姿が、その物体の巨大さを証明していた。上方は厚い雲の中に隠され確認することができないが、それは彼女には見慣れた物であった。
「スヴァール・サラン級か…」
 アゾニアはつぶやき、双眼鏡を目にあてた。味方の戦艦は、艦首から地面につきささり、倒立した姿のまま沈黙している。
 実はこのような光景には、この星に来てから2、3度はお目にかかっていた。そのたびに生存者を救い出し、物資を回収してきたアゾニアであった。
「ん、なんだ、あれ…」
 戦艦の足下に、まつわりつくように並ぶ灰色の物体群がある。
「建造物?」
 間違いなく、味方の手になるものではなかった。だとすれば解答は一つである。記録参謀ランの計算は見事に的中していた。敵の拠点は、味方の戦艦の残骸の周りを囲むように造られていたのだ。
 ちらりと横目で、追いすがってきた記録参謀を見る。赤毛の少女もその異様な景色に言葉もなく、身を強張らせて立ちつくしていた。心なしか、唇がふるえていた。
「畜生、あたしたちの艦の周りに、あんな――」
 アゾニアは言葉を遮った。敵の建造物の間に、同胞の姿を見つけたからだ。双眼鏡の中の映像は、空気のゆらめきによってかなり不鮮明であったが、見間違うはずもない。
「捕虜になったのか…」
 静かな怒りが、ふつふつと体内を満たしていた。
 が、すぐにその怒りは驚愕へと変わった。信じがたい光景が眼中に飛び込み、衝撃で思わず双眼鏡を取り落としそうになる。
 そこには、同胞の他に、敵とおぼしき者の姿が一緒にあったのだ。見間違いではないかとアゾニアは何度も目をこすったが、やはり彼らは異星人に間違いなかった。
 なぜなら、彼らは自分たちより、はるかに小さい生物だったからである…。
「…マイクロン…!」
 想像を絶する光景に喉をしめあげられ、アゾニアはあえいだ。なんということであろうか。彼女は、自分たちの戦う相手がマイクロン――小型人間であることさえ、知らされてはいなかったのである。
 敵に対する怒りに代わって、ある感情がアゾニアの中に芽生えた。
 理不尽な怒り。この惑星への遠征のために、多くの仲間を犠牲にしなければならなかった、あの時の怒りである。
「なあ…」
 女戦士は力無く相棒に話しかけた。
「お前、敵の戦力は大したことないって、言っただろ?」
「………」
「じゃあ、なんで、そんな奴らに、基幹艦隊の母艦がやられるなんてことに、なっちまったんだ…」
「………」
 答えは返らなかった。
「この星に来る前から、腑に落ちないことだらけだ。一体なんなんだ、この星は。あのマイクロン達は!」
「……知らない」
「ラン!」
 アゾニアはつい声を荒げ、振り返った。しかし彼女の目に映ったのは、何かに怯えるかのように、自らの両肩を抱き、体を震わせている少女の姿だった。
「たのむ…言える範囲でいいんだ。あたし達下っ端は何も知らされちゃいない。敵の情報を少しでも知らなきゃ、こっちが不利なんだよ。分かるだろ?」
「……知らない。ホントに知らない……」
 ランは今にも泣き出しそうな顔で首を振り、後ずさった。
「…ラン…」
「やめて!」
 突然、悲鳴じみた声と共にランは頭を抱え、体を折り曲げるようにして雪の上に膝をついてしまった。
「…お、おい!」
 アゾニアはあわてて相棒を抱き起こした。その顔は蒼白で、額から冷や汗を吹き出している。突然の異変に、剛胆な女戦士もうろたえずにはおられなかった。
「どうしたんだ…急に…大丈夫か」
「く…苦しいよ…」
 ランの体内で、嵐が吹き荒れていた。あの戦艦を目にした時から、心の深淵からわき上がっていた、焦燥感にも似た奇妙な感覚。それが今、突然はじた。バラバラになったジグソーパズルのように、不規則なイメージの断片が全神経の上で暴れ回り、その主を痛めつけた。
 吐き気を訴えるランの背中をさすりながら、アゾニアはひどく心細い思いにとらわれていた。彼女には希有な感情だったが、せっかく手に入れた宝物が、手のひらの中で蒸発してしまうような感覚だった。
 全てのものを吐き出してしまうと、ランは大きくひとつ咳をし、呼吸を整えようと、大きく息を吸い込んだ。
「大丈夫か…」
 両肩を支えてやりながら、ランの顔を覗き込んだアゾニアは、その目に大粒の涙が光っているのを発見した。
「……」
 ランの目から、とめどなく涙があふれ出ていた。それは体の苦痛によってではなく、心のそれであった。アゾニアがさらに声をかけようとすると、彼女は突然身を起こし、ほんの一瞬、力無い視線を向けると、そのままアゾニアの胸にしがみつき、わっと声をあげて泣き出した。
「お、おい…」
 予想外の出来事に、アゾニアはしばし言葉もなく、ただ黙って泣きじゃくる相棒を見つめているしかなかった。嗚咽に混じって、かすれた声が耳に届いた。
「……思い出せない…思い出せないよ……」
「ラン…」
「あの日のことが、どうしても思い出せない…気が付いたら、アゾニアに助けられてた。なんでここにいるのか、どうしてこんな事になっちゃったのか、あの日、確かに私、敵の情報の整理をしてた。けど、そこまでで…」
「頭打ったって、本当なのか」
「わかんない…」
 ランはアゾニアの胸に顔を埋めたまま、首を振った。
「戦艦があんなになっちまうほどの衝撃だ。無理もない。その内思い出すさ」
 あの驚くべき記憶力を持った記録参謀にとって、たとえ一時の間とはいえ、記憶を失うということはどれほど重大か、アゾニアにも想像できる。しかし彼女にとっては、道端で拾ったガラス玉に、たとえ傷がついていたとしても、それが宝物であることには変わりない。
「……ドール…司令に……」
「え…?」
 ランが紡ぎ出した声があまりに小さかったので、その固有名詞は、かえってアゾニアの耳に残った。
「ドール…お前の上官の名か?」
 ランは黙ってうなずいた。
「ドール司令に会えれば…何か思い出せるかも…でも…」
 味方の戦艦の無残な姿が、自らの乗艦の姿と重ね合わせられたのかも知れない。
 赤毛の少女は、しきりに涙を手の甲で拭いた。が、これまで内部にためこんでいた不安と絶望が一挙に高まり、とめどなくあふれ出た。
「でも…駄目だ…きっと死んじゃってる…きっともう…みんな…」
 ついに耐えきれず、再びランは声をあげて泣いた。そんな彼女の背中を、アゾニアはただ黙ってさするしかなかった。
「…ドール司令に……会えれば……」
 消え入りそうな声で、何度もランは同じ事を繰り返した。その名は、妙にアゾニアの耳にまつわりついて、離れることがなかった。

 日中、二人は目立たない岩場で仮眠をとった。アゾニアは銃を抱き、座った姿のまままどろんでいた。その脇でランは毛布にくるまり、荷台に横になっている。
 眠ってはいても、アゾニアの聴覚は常に周囲の様子に気を配っていた。
 浅い眠りの合間に、彼女が思考をめぐらせていたのはこれからのことであった。おそらく、この星でのこれからの戦いは、自分が今まで経験したどの戦闘よりも過酷なものになるに違いない。
 基幹艦隊を消滅せしめた敵が、あの非力にしか見えないマイクロンだとは、アゾニアにはどうしても信じられなかった。
 事実だとすれば彼らはどれほど未知の力を秘めているのか。
 これまで幾度もの危機を生き延びてきた不屈の女戦士も、不気味な戦慄を覚えざるを得ない。しかも、自身の戦力は絶望的なまでに少ないのだ。
「…戦いぬいてやるさ…絶対に」
 つぶやいたアゾニアの耳に、ランが身じろぎをする気配が伝わってきた。固い荷台の上ではそう熟睡できるものでもないだろう。
「起きちまったのか…」
「ねぇ…」
「ん?」
「この星を脱出しよう」
 あまりに唐突な相棒の物言いに、さすがのアゾニアも面食らった。
「そ…それが出来りゃとっくにしてるさ。けど、あたしらにゃ艦がない。見たろ?あの艦を。この地上にある艦は、みんなあんなさ」
 アゾニアは後ろを振り返ったが、小さな相棒は向こう側に顔を向けており、表情は窺い知れなかった。が、その声は不思議なほどに透き通り、確信に満ちた物言いだった。
「私の乗ってた艦…アルタミラなら飛べるかも知れない。新造艦だし、反応エンジン自体には損傷はないもの。ね、脱出しよう。この星、嫌いだ…」
「そ、そりゃ願ってもないけど、ラン、どこにあるんだ、その艦は。思い出したのか?」
 思わず身を乗り出したアゾニアに、しかし返事はなかった。ランは再び眠りに落ち、何故かそれ以降は声をかけてもゆすっても、決して起きなかったのである。
コメント
この記事へのコメント
萌える…
らんこさんは、萌えは余り…のようですが、私には萌えどころがたくさんです。
頭が良くてかわいいランにも、格好良い女兵士アゾニアにも、その彼女に魅かれるランも。男女が離れがちなゼントラン達にも。
1人で勝手に萌えています。
2011/07/11(月) 16:43:54 | URL | にゃお #nHTGuFzo[ 編集]
●にゃおさん
萌えが苦手というか、「萌え」なモノは書けないナーと思っておりましたので、にゃおさんに萌えていただけて、大変嬉しいです///
ゼントラの男女は、そうですねぇ、
今は「フォークダンスの時に(男女で)手をつなげない小学生」みたいな段階です(笑)
2011/07/16(土) 21:33:09 | URL | 作者。 #-[ 編集]
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